部下との対話に悩むあなたへ、必ずウケるストーリーテリング

「最近、部下とのコミュニケーションに満足していますか?」

マネジャーにとってコミュニケーションの問題は昔から悩みの種でした。皮肉なことに、人々のコミュニケーションを劇的に改善した情報通信革命は、上司と部下の対話の改善には役立っていないようです。仕事のやりとりはメールで完結し、居酒屋文化も風と共に去りつつあります。

その結果、上司と部下が交わす会話の絶対量は激減しています。そうすると、部下とのコミュニケーションの問題がますます厄介なものになります。この負のスパイラルを断ち切るためにどうすればよいでしょうか。

この問題に対して、本稿は「そもそも部下に何を話せばよいか」という原始的な次元に立ち戻って、その具体的な方法について、具体的な事例を交えて説明します。それはストーリーテリングと呼ばれている技法です。要するに、部下にウケる話をするためにはどうしたらよいかということです。

部下とのコミュニケーションレスを「時代の流れ」とあきらめる前に、改めて「先輩として何を語るか」ということについて考えてみましょう。

 

1. ストーリーテリングとは?

人間には、仲間との関係を維持したいという根源的な欲求があります。マズローの言う「社会的欲求」です。したがって、自分の属する組織のことを理解したい、愛したい、というのは自然なことになります。

それでは、組織を理解するにはどうしたらよいでしょうか。組織は一人ひとりの人間の集合体です。理屈で割り切れるものと割り切れないものが複雑に絡み合っています。そのため、対象を分解して把握するという合理的(デカルト的要素還元主義)なアプローチは必ずしも有効とは言えません。人の心まで理論で把握できるのか、ということです。

それよりも、全体論的なアプローチである物語(ストーリー)を通して理解する方がわかりやすく、効果的だと言えます。つまり、様々なストーリー(伝説、逸話、噂話、神話、英雄譚など)を通して自分の属する組織を知り、そこに意味を構築しようとするわけです。これがストーリーテリングの世界です。

ストーリーテリングに確立された定義はありません。ここでは、次のように理解しておけばよいでしょう。

「印象的なエピソードや個人的体験などのストーリー(物語)を語ることで相手に強力なメッセージを伝えること」

理論のような抽象的な概念に頼るよりも、物語の方が相手の共感を得られやすく、記憶にも残りやすいものです。そのため、ストーリーテリングはマネジャーがリーダーシップを発揮する方法論としても期待されます。カタカナ言葉でアメリカンな感じですが、実はストーリーテリングのアプローチは、一昔前の日本企業が最も得意としていたソフトスキルだったのです。なぜならば、それは毎晩のように日本各地の居酒屋で繰り広げられていたからです。

そこで、昔の日本企業でストーリーテリングがどのように機能していたかという例を、筆者の体験から述べてみたいと思います。

2. ストーリーテリングの事例

筆者が旭硝子で駆け出しの営業マンだったときに、二人の営業部長がいました。一人は頭が切れて人柄も素晴らしく、若手にとってあこがれのA部長でした。もう一人のB部長はどちらかと言うと凡庸な印象でした。ところが出世競争に勝利して役員に昇格したのはB部長だったのです。当然のことながらこれは格好の居酒屋ネタとなって、その夜は盛り上がったわけです。そのときの筆者と先輩の会話はこんな感じでした。

「なんでAさんが役員にならないんですか。あんなのおかしいでしょう」
「お前がそう言うのはよくわかるよ」
「まったく理解できないですよ」
「そうだろうな。でも俺たちにはわかるよ」
「えー。どうしてですか?」
「実はAさんは、大阪支店の担当支店長だったときに、オンリー先のX社(旭硝子が独占納入していた大口顧客)を競合のT社に入られたんだよ。だから今もあそこはT社と入れ合いなんだ」

 それまで学生気分の抜けないお気楽なサラリーマンだった筆者も、これを聞いた瞬間に「やっぱりサラリーマンというのは厳しい商売なんだ」と一気に目が覚めた記憶があります。そこから先輩はさらに大事な話をしてくれたのでした。

「いいか、山本。俺たちはトップ企業だ。俺たちが値下げしたら業界全体で一気に価格が崩れる。だから本社からは絶対に売値を下げるなという指令が来る。そこで客の圧力に負けて値下げをしたら、本社から出頭命令が来て、吊し上げを食らうことになる。でもな、ボコボコにされるのは一日で済む。シェアを失ったらお前の将来はないからな」

こういう話を聞かされた旭硝子の営業マンがどのような行動を取るようになるかは明らかでしょう。「マーケットシェアは1%たりとも譲らない」という強固な姿勢ができあがります。それが当時の旭硝子の営業軍団の強さを支えていたと思います。

この話はストーリーテリングの本質を突いています。

まず「営業マンはどう行動すべきか」という最も重要で、最も難しいテーマについて、これほど簡潔かつ強烈に指導する方法はありません。エレガントなマーケティング理論では太刀打ちできません。

また、そこには本音と建て前という抽象的な理論では扱いにくい難問を軽々と克服する鋭さがあります。価格を維持するというのは一つのポリシーです。しかし、ポリシーを教条主義的に守っているだけでは、臨機応変な対応が求められる実際のビジネスに対応できません。

一方で、価格よりもシェアを優先するという安易なポリシーを会社が認めてしまうと、営業担当はあっさりと価格を下げてシェアだけを守るという、これも問題のある展開になります。ポリシーに従って行動するというきれいごとだけで、実際のビジネスがうまく行くはずがありません。

矛盾に満ちた現実に対してどう折り合うかということに対して、ハードな理論よりもソフトなストーリーテリングの方がはるかに有効に働くと思います。

この他にも心に残っているストーリーがあります。これは当時の化学品事業部のドンが好んで言っていた台詞なのですが、「少数にすると精鋭になる」というものです。

当時の旭硝子は、「高収益のガラス事業 vs. 低収益の化学事業」という構図だったので、化学事業にはカネもヒトも十分に割り当てられず、苦労を強いられていました。このような状況を乗り越えるために、ドンが発していたのがこのメッセージです。

社内力学の厳しい現実を反映した苦し紛れの台詞という側面もあったでしょうが、そこには「人間の能力とは何か」という深い洞察があったと思います。こうして「リソースがないから」という言い訳や「リソースが足りない」という不満を口に出すことは、恥ずべきことになったのです。

「俺たちは精鋭なのだからやれないはずはない」というポジティブなマインドが芽生えたわけです。ドンの神話の一つとして語り継がれるストーリーです。

3. なぜストーリーテリングが有効なのか?

ストーリーテリングが有効に働くのには理由があります。

「どうすれば仕事がうまく行くか」というビジネスパーソンにとって最も大事なテーマは、自分が属する会社組織という現実の中の膨大な要素から成り立っています。その要素は、形式知と暗黙知に分解することができます。

形式知というのはモデル化したり、ルール化できるものを指します。それを紙に書いて残すこともできます。それを結晶化させたものが理論と言えます。しかし、実際に仕事をこなしていくために求められる知識の多くは暗黙知、つまり、暗黙的で文脈的なものです。暗黙知は多くの人々の相互作用と、それを通して行われる学習によって生成されます。

ビジネスパーソンはお互いに職場で色々な話をします。その大半は時間の経過とともに忘れ去られます。しかし、その中で人々に語り継がれるようになる話が生まれます。それは価値があるから生き残るわけです。そのような話の中に、仕事の本質を突いた何かがあると言えます。

形式知だけで競争優位を築くことはできません。なぜならば、モデル化できる形式知は、簡単に模倣されるからです。組織の競争優位を決するのは、その組織が持っている固有の暗黙知にあると言えます。そして、ストーリーテリングは暗黙知を支える方法論なのです。

ストーリーテリングのメリットをまとめると次のようになるでしょう。

  • ストーリーはおもしろい。おもしろくなければ人の心の中に残らない。
  • 理性に訴える理論と違って、共感を呼ぶストーリーを語り合うことは組織の絆を形成する。
  • ストーリーは形式知だけでなく、暗黙知も伝えることができる。仕事で本当に大事なことは暗黙的で文脈的なものであることが多い。
  • 組織のDNAを理論で伝えることはできないが、ストーリーならDNAを伝えることができる。
  • 情報システムは事実しか伝えないが、ストーリーは真実を伝えることができる。
  • 社史や公式の資料にはPCPolitically Correct:きれいごと)なことしか書けないが、口伝伝承のストーリーは何でも伝えることができる。
  • 要素還元主義に基づいた合理的な理論は矛盾を許容できないが、全体論的なストーリーは矛盾を飲み込むことができる。そのため、ジレンマと戦いながら行うビジネスの現実にフィットする。
  • 最先端のテーマにはそもそも適用できるビジネス理論がない。理論がない世界でもストーリーは「あっちではなくて、こっちをしなさい」というインスピレーションを与えることができる。
  • おもしろくないストーリー(上司の自慢話など)は脱落して行く。価値のあるストーリーだけが歴史の風雪に耐えて伝承される。

4. ストーリーテリングを実践する

ストーリーテリングを実践するには、自分自身が体験した鮮烈な出来事や先輩から聞いた面白い話からネタを探すとよいでしょう。どんな人でもある程度のビジネス経験をすればネタの一つや二つはあるはずです。また、立派な話である必要もありません。ささいなことでも自分にとってインパクトがあったのであれば、そのインパクトは他人の心の中にも響きます。

筆者の経験で言うと、新人時代に工場の現場で一服したときに、ベテランのオペレーターの方が「工場を作ったとき、ここは五井砂漠と言われてねぇ。風が吹くと砂嵐で目も開けられなかったんだよ」と、ふと昔を思い出してしみじみとつぶやかれたことがありました。ご本人は何かの拍子で昔話をしただけだったと思いますが、それを聞いた筆者には強いインパクトがありました。

当時の千葉工場はすでに緑化も行き届いて、砂漠の面影はありませんでしたが、そのわずか20年前には何もない砂漠だったこと、工場を建設するために何百人もの男たちが故郷の九州(戸畑)に別れを告げて、砂漠の五井(千葉県市原市)に民族大移動したこと、そういう歴史に思いをはせると、先人の苦労を知らないで工場生活の不満を言っているわが身が恥ずかしくなったものです。

これもオペレーターの方が心の底からそのような想いを漏らされたので、その表情や声のトーンに筆者の心をゆさぶるものがあったのだと思います。

ストーリーテリングは居酒屋だけで行われるものではありません。大事なことは、裃(かみしも)を脱いだ状態で行うということです。居酒屋では裃を脱ぎやすいので、ストーリーテリングがやりやすいというだけの話です。

その居酒屋文化は風と共に去って、「居酒屋に誘っても若手社員は来ない」という声をマネジャーの方からよく聞きます。昔のようにアホみたいに居酒屋に行く必要はないと思います。そんな暇があったら英語の勉強(例えばです)をすべきです。

しかし、現役のマネジャーの方々の話を聞く限りにおいては、あまりにも行かなさすぎるということのようです。つまり、頻繁に居酒屋に行く必要はないが、時々は自然なノリで行くことが望ましいと多くのマネジャーの方々は感じているようです。

誤解をされると困るので言いますが、筆者は居酒屋礼賛者ではありません。若手時代に居酒屋に行きたくて行っていたわけでもありません。当時の世の中のライフスタイルに従っていただけです。

しかし、当時は物量において圧倒的なアメリカ企業に日本企業としてどのように対抗するかということがシリアスな戦略課題だったので、居酒屋を否定することは難しいとも感じていました。なぜならば、アメリカ企業がやっていないこと、連中ができないことの中にこそ日本企業としての差別化された戦い方があると考えられたので、アメリカにはない居酒屋文化がその論理的帰結として導かれたからです。

サラリーマンの居酒屋文化があったおかげで、若手社員が会社の将来について部長や課長と熱く語るというのは、当時の日本企業では普通の光景でした。しかし、それはトップダウンのアメリカ企業では考えられないことでした。だからこそ、アメリカ企業も、社員が一丸となってビジネスを中長期的に考える日本企業の姿勢には一目置いていたのです。居酒屋文化がその原動力の一つだったと言えます。

そこで、ささやかながらストーリーテリングのために居酒屋文化の復活を画策したいと思います。そのために必要なことは、居酒屋に誘っても来ないという課題をリフレーミングすることです。

来ないと言っている相手に来いと言っても埒があきません。そこで、この現状を、「マネジャーの話がおもしろくないから若手社員が来ない」と捉えてみたらどうでしょうか。

居酒屋に行けば先輩から色々とおもしろい話が聞けるとなれば、参加しない若手社員は少なくなるはずです。居酒屋ではなくて居酒屋文化が主旨なので、居酒屋という物理的な場所にはこだわりません。部下と一緒にランチをしたり、カフェテリアでコーヒーブレークをするというのも同じです。

心強いことに、この仮説をサポートするデータもあります。日本を代表するある大企業で調査したところ、部下に対してもっとフィードバック(評価・指導・助言)した方がよいと思っているマネジャーが多いのですが、上司から「もっとフィードバックを受けたい」と思っている部下も同じぐらい多いのです[1]。今の若手社員は、もっと教えて欲しいと思っているのです。

そこで、マネジャーの方々の鍛え抜かれた持ちネタをストーリーテリングすればよいのです。ワンピースに負けないほどおもしろく、かつ、ビジネス本のベストセラーよりもためになる話を披露すれば、大歓迎は間違いありません。話のネタに自信のない方は、ご自身の大失敗物語から始めることをお勧めします。自慢話をする上司は必ず嫌われますが、失敗譚を語る上司を嫌う部下はいません。

本に書いてあることは部下も自分で勉強できます。さらに、本に書いてあることをそのまま実践してうまく行くほど世の中は甘くありません。本には書いていない、本当に大事なことを部下に伝えるのがマネジャーの大事な仕事です。その際は、自分の体験を自分の言葉で、自分の物語として部下に語りかけるのです。マネジャーの方には大いに語って欲しいと思います。

[1] ある大企業の40名の管理職とその部下の方々へ、今よりもフィードバックを、 1(すべき/欲しい)~7(不要/欲しくない)のスケールでアンケート調査を実施。中間値(どちらとも言えない)の4に対して、回答結果の平均値は、管理職が2.8、部下が3.2 で、両者ともポジティブな結果だった。

4. まとめ

ストーリーは共感を呼ぶので、理論よりもパワフルに相手にメッセージを伝えることができます。

理論を学ぶことはもちろん大切ですが、実際の仕事には矛盾やジレンマも多く、形式知だけでは対応できません。また、形式知は模倣されやすいので、それだけで組織の競争優位を確立することはできません。

競争優位の鍵を握るのは、その組織が持っている固有の暗黙知であり、これが組織のDNAといえます。

組織のDNAを部下に伝えることができるのは、普遍な理論ではなく、会社独自のストーリーです。マネジャーがストーリーテリングを積極的に行うことで、部下は暗黙知を自然と体得し、仕事や組織をより深く理解することになります。

ストーリーテリングを実践する場所は、カフェテリアでもランチでも居酒屋でもかまいません。ポイントは、裃を脱いで「おもしろい話」をすることです。部下とのコミュニケーションの活性化のため、マネジャーの方は大いに語ろうではありませんか。

■ 著者情報

山本 和隆
経営コンサルタント
ジャパンインターカルチュラルコンサルティング日本代表
ライトワークス 取締役
旭硝子、モトローラ㈱ 経営戦略部長、フューチャーシステムコンサルティング㈱ ディレクター、Rhodia Electronics & Catalysis General Manager、スミダ電機副社長などを経て現職。
一橋大学経済学部卒、シカゴ大学経営大学院修士課程修了(MBA)。
主な著書に「新版 グロービスMBAファイナンス」(ダイヤモンド社)、「ファイナンス入門講義」(日本経済新聞出版社)、「MBA式考える文章術」(東洋経済新聞社)、「経営戦略」(ファーストプレス)などがある。 

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