フィリップスのROIモデルとは、研修の効果を測定する方法の一つです。
「ジャック・フィリップスの5段階モデル」とも呼ばれるこの測定法では、研修を受講した人々に起こる反応を5つの段階で分析することで、その研修の有効性を測ることを目的としています。
「今実施している研修は本当に効果を出せているのか? 」
このような疑問を抱いたことはありませんか? 研修や講習会といった学習がもたらす仕事への効果は、目に見えにくいものですが、教育内容を改善するには、これを定量的に把握する必要があります。そのために何をどのように測定・分析すればよいのか。これに対し1959年に米国の経営学者カークパトリック博士が4段階の評価モデルを提案、世界中に浸透してきました。これにさらにもう1段階、経営的な視点としてROI(投資対効果)の評価項目を加えたのがフィリップスの5段階モデルなのです。
本稿では、フィリップスのROIモデルのそれぞれの項目を説明するほか、特徴や注意点について解説します。
目次
1. フィリップスのROIモデルとは
フィリップスのROIモデルは、1996年にアメリカの経済学者ジャック・フィリップスにより提唱された研修効果の測定方法です。フィリップスは、それ以前から使われていた「カークパトリックの4段階測定モデル」に新たな測定項目を追加し、全部で5つのレベルにおける測定結果から研修の効果を測ろうと試みました。
この新たに加えた項目がROI(=Return on Investment:投資対効果) であり、ROIモデルと呼ばれるゆえんです。
5つのレベルの測定項目は次の表の通りです。
レベル | 定義 | 測定項目 |
1 | Reaction(満足) | 受講者はその研修に満足したか |
2 | Learning(学習) | 研修を終えて受講者の態度や知識が変化しているか |
3 | Behavior(行動) | 受講者が研修で学んだことを実践しているか |
4 | Results(業績) | その研修がどれほど社の利益に貢献しているか |
5 | ROI(費用対効果) | 研修に投下した費用に対して、どれほどの効果が得られたのか |
・レベル1:Reaction(満足)
一般的には研修終了後のアンケートやインタビューという形で調査され、その結果は今後の研修プログラムの改善に用いられます。
・レベル2:Learning(学習)
ペーパーテスト演習を通して、こちらの狙い通りのスキルが身についているのかを判断する方法が一般的です。レベル1同様、こちらの結果も今後の研修プログラムの改善に役立ちます。
この2つのレベルは測定結果を目に見える形で確認することができ、またデータの収集も比較的簡単です。
・レベル3:Behavior(行動)
Learning(学習)と異なり、実際に身に着けた教訓を行動としてアウトプットできているかを、本人へのインタビューや他人による評価から見極めます。研修で学習したスキルがどのような状況で発揮されているのかを把握するといった組織目線での判断に活用されます。
・レベル4:Results(業績)
利益の向上・業績の回復など組織への効果に関するレベルです。研修前後のデータを用いた比較や業績指標から判断します。
レベル3、4の測定には、数値的なデータや上司や同僚からの客観的な視点が必要となります。また、結果に対して複数の要因が関わっているケースが多く明確な因果関係を把握することは困難です。
・レベル5:ROI(投資対効果)
上記の4段階にフィリップスが新たに加えたのがこの「ROI」(投資対効果)という項目です。
ROIは次の式で表せます。
ROI(%) = (利益)÷(投下資本)×100
フィリップスは、この考え方を研修効果の測定に応用しました。
研修におけるROI計算式 :
ROI(%) =(研修の結果生じた利益-研修コスト)÷(研修コスト)×100
以上の 5段階の測定項目は、レベルが上がるにつれて効果測定の難易度も上がっていきますが、どのようなメリットがあるのでしょうか。次の章で見てきましょう。
2. ROIモデルが必要とされる理由
フィリップスのROIモデルが国内・海外を問わずさまざまな企業で活用されているのはなぜでしょうか。 それは研修効果を測定・分析した結果を多様に活用できる点だと言えます。どのように活用できるのか見ていきましょう。
2-1. 多角的な視点から効果が測定できる
フィリップスのROIモデルでは、段階ごとにさまざまな立場の人にとって役立つ分析結果を得ることができます。
レベル | 対象 |
|
1 | 受講者 | 復習効果 |
2、3、4 | 管理者 | 今後の人材育成に関する方針 |
5 | 経営者 | 研修の費用対効果 |
レベル1は研修を受けた本人が内容を復習する機会になるでしょう。一方で、レベル2~4は組織をマネジメントする立場の人にとっては、今後の人材育成に関する方針を決める材料となります。そしてレベル5では、研修の費用対効果という経営者の視点で必要な情報が得られます。
「研修」という1つのアクションを通して、さまざまな立場の人に役立つ情報を得ることができるというわけです。
2-2. 研修の企業収益に対する寄与度を測れる
フィリップスが従来の4段階測定モデルに「ROI」という新たな項目を加えたのは、彼が「研修の測定効果は、その効果を収益に換算した上で教育研修への費用と比較して初めて発揮される」と考えたからでした。研修を単なる慣行・社員の教育として当然に行われるものとしてではなく、将来的な企業の利益を生み出す先行投資の一種と捉えたのです。その視点に立って生み出された理論だからこそ、研修がどのように企業の利益に貢献しているかを具体的に測れるのです。
このように、 受講者、管理者だけでなく経営者にとっても必要な情報が得られることが、フィリップスのROIモデルを取り入れるメリットだと言えます。
3. ROIモデルの注意点
ROIモデルが効果測定に役立つ一方で、この測定方法のデメリットや注意点として以下のようなことがあります。
・レベルが上がるに従って測定の難易度が上がる
レベル1、2は、スコアや本人の率直な感想などを回答してもらえばよいため、研修の効果をほぼ正確に把握することができます。しかしレベル3以降は他の要因とも絡んでいるため純粋に研修の効果なのか測定が困難です。
・測定結果が不確実である
特にレベル4や5においては、「取り組みと効果の因果関係が複雑である」、「効果が出るまでの期間が長期にわたる」などの理由から必ずしも正しい測定結果を得られるとは限りません。あくまでも、研修の効果を測るためのアプローチの一つであるという点に注意が必要です。
4. まとめ
フィリップスのROIモデルとは、研修効果を測定する一つの方法です。
「満足」「学習」「行動」「業績」に「費用対効果(ROI)」が加わった、5つのレベルから研修効果を測定します。
ROIモデルを用いると以下のようなメリットがあります。
・受講者・管理者・経営者それぞれの視点から効果が測定できる
・教育研修の企業収益に対する寄与度を測れる
一方で、以下のような難しさや注意点もあります。
・レベルが上がるに従って測定の難易度が上がる
・測定結果が不確実である
研修の効果測定の一つのアプローチとしてジャック・フィリップスのROIモデルを活用してみてはいかがでしょうか。