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モチベーション理論の不都合な真実-生兵法で怪我をしないために-

ビジネスの現場においてモチベーションは重要な問題だとされています。そんなことは常識だという素朴な認識もあれば、日本企業のモチベーションは世界的に見て非常に低いというデータに基づいた指摘もあります[1]

いずれにせよ、ビジネスパーソンとしてモチベーションについての理解を深めておくことには意味があると言えるでしょう。本稿では、様々な角度からモチベーションの問題を検討することで、モチベーションについての理解を深めていきたいと思います。

[1] ロッシェル・カップ(2015)『日本企業の社員は、なぜこんなにもモチベーションが低いのか?』の各種データを参照のこと。


1. モチベーションとは?

モチベーションについて考えるときに、絶対に認識しておかなければならないことがあります。それは、「モチベーションについてはよくわかっていない」という不都合な真実です。

モチベーションは人間の心と行動を対象にしているわけですから、よくわからなくても不思議ではありません。人間はひとり一人がオリジナルな個性を持つ多様な存在です。必然的にモチベーションも十人十色になります。したがって、モチベーションを一般論として理論化することはとても難しいのです。

よくわかっていないこととも関係しますが、非常に厄介なのは、「モチベーションとは何か?」という根本的なことについても合意が見られていないことです。

心理学、教育学、生物学、経済学、神経科学など様々な学問分野でモチベーションは研究されています。それぞれの分野におけるアプローチは多種多様で、その主張も百家争鳴の状態です。そのため、学問分野を超えた統一的なモチベーションの定義が確立していないのです。

定義が決まっていない概念についての議論は混乱する危うさが伴います。そこで、この問題をできるだけ回避するために、本稿ではアメリカの最高裁判事だったポッター・スチュアートのとった大人の対応を採用することにします。

1964年のいわゆるポルノ裁判において「ワイセツとは何か」という定義が論争の焦点となったのですが、それについてスチュアートは歴史に残る見解を示したのです。

「明確に定義することはできないけれども、それを見たらわかる」

モチベーションについてもこの流儀で議論を進めたいと思います。よくわかっていないことについては、誤解や曲解が生じるのが世の常です。モチベーションも例外ではありません。

特に、人の心の領域に関わることなので、生兵法には十分に気を付ける必要があります。そのようなリスクを避けるためにも、モチベーションについては、安易なノウハウに走るのではなくて、様々な角度から眺めて味わうことが建設的な態度であると言えます。


2. 高ければよいのか?

一般的にモチベーションは高いことがよくて、低いことがよくないこととされています。それを敢えて否定する必要はありませんが、注意しなければならない点があります。

第1に、モチベーションが高い(低い)というのは主観的かつ定性的な判断・評価に過ぎないということです。例えば、「ビジネスの見通しは明るいです」とボスに言ったとしましょう。そのときに「私の肌感覚です」と主観的かつ定性的に答えたらアウトです。ビジネスの現場では客観的で定量的な根拠を求められるからです。

「彼女はモチベーションが高い」、「最近モチベーションが上がっていなようだ」というようなやりとりが職場で行われます。それがどこまで妥当な評価なのか、本当のところは誰もわかっていないのです。

第2に、定性的な評価よりも定量的な方が好ましいことから、アンケートによってモチベーションをデータ化するアプローチもあります。冒頭で述べた日本企業のモチベーションについての分析もこれに該当します。典型的には質問項目に対する「そう思う~そう思わない」という回答を1~5の段階に分けてスコアリングをするのです。

このようなやり方によって情報の定量化は可能になります。また、上長による一方的な主観的評価を回避することもできます。しかし、データそのものが回答者の主観に基づくものであることに変わりはありません。

さらに、文化的傾向に基づいたバイアスも生じます。なぜなら、客観的な事実に関する情報でさえ文化的傾向の影響を強く受けるからです。

例えば、不倫について調査をしたとしましょう。これは主観というよりも客観的事実に関する問いでしょう。それでも色事に超ポジティブな文化を持つフランスと比べると日本では実際よりも数字が低くなりがちです。「不倫は悪いこと」と思って、嘘をついてしまうからです。

モチベーションについて言うと、自己肯定感が強く、”Yes, We Can!”のアメリカと、「秘すれば花」という奥ゆかしい美意識を持つ日本では、実感の捉え方に違いがあって当然です。「日本企業のモチベーションは先進国の中では最低だ」という分析を見せられてもピンと来ないのは、データがこのような文化的な影響を受けているためです。

文化的傾向の問題は国だけではありません。会社によっても企業文化は大きく違います。ベンチャー企業と銀行ではモチベーションに対する感受性が違います。さらに、ビジネスパーソンひとり一人についてもモチベーションに対する感覚は十人十色なのです。

第3に、モチベーションが高いのをよしとするのは、それが仕事上の高いパフォーマンスに結びつくと期待されるからです。つまり、望ましい行動を取っていることが前提となっているわけです。しかし、モチベーションが望ましい行動だけを促すという保証はどこにもありません。

例えば、仕事ではやる気を感じさせないけれども、ギャンブルには夢中になる人がいます。この人のモチベーションをどのように評価すればよいでしょうか。少なくとも、ギャンブルに対するモチベーションが高いことは間違いありません。

あるいは、リーマンショックの原因はリスクの高いサブプライムローンが大量に売られたからですが、そのときに販売を担当した営業マンのモチベーションは高かったと思われます。これもモチベーションは高ければよいと単純には言えない例です。

人間のモチベーションは多様であり、その適用を間違えるとネガティブな方向に向いてしまうということを認識しておく必要があります。

モチベーションと同様に、モチベーションの高さも「見ればわかる」ということを否定する必要はありません。ただし、その判断があいまいさの上に成立していることは認識しておくべきでしょう。


3. お金は本当に有効なのか?

お金がモチベーションを上げるということはビジネス界では半ば常識とされています。経済学においては金銭的インセンティブを上げるほどモチベーションが上がるということが大前提となっています。この考え方に基づいて世界中の企業の報酬制度が設計されていると言えます。

しかし、ビジネスで大事なのはモチベーションではなくて、パフォーマンスのはずです。どんなにモチベーションが高くても、パフォーマンスが低ければ意味がありません。したがって、金銭的インセンティブについてはパフォーマンスとの関係に注目する必要があります。

様々な実証実験において金銭的インセンティブが特定の状況において効果を発揮することが確認されています。逆に言うと、特定の状況でしか金銭的インセンティブは有効ではないということになります。

これは「部下のボーナスを上げる権限が自分にはない」と嘆いておられる上司の方にとっては朗報となるかもしれません。お金とパフォーマンスの関係について、仕事をいくつかの側面に分解して検討してみましょう。

イ 難易度
仕事には簡単な単純作業から複雑で高度なスキルが求められる仕事まで色々な種類があります。このうち、金銭的インセンティブが有効に働くのは簡単な仕事です。難易度の高い仕事に対しては効果がないことが確認されています[2]

これについては、ほとんどのビジネスパーソンの実感に合うのではないでしょうか。考えられる要因としては、単純作業は飽きてしまうので何らかの刺激が必要になるのに対して、高度な仕事はそれ自体がおもしろい、あるいは、担当することに誇りを持てる、などの理由を挙げることができます。

難易度と関係しますが、高い創造性が求められる仕事があります。このようなケースに対して金銭的インセンティブは逆効果となりがちです。欲しいものを手に入れたいとき、人間はターゲットに対して焦点を絞るようにできています。余計なことを考えないようにするということです。

ところが、クリエイティビティが求められる仕事では、これが裏目に出るのです。みんなが知っている解決方法では対応できない課題を解くのが創造性です。したがって、余計なことを考えない限り創造的な解は出て来ないことになります。

お金はとても魅力的なので、誰もがすぐに欲しいと思います。皮肉なことに、欲しくなればなるほど、功を焦ってしまって余計なことを考えなくなります。こうして、お金を手に入れるための合理性・効率性を追求する姿勢が創造性の芽を摘むことになってしまうのです。

ロ 量vs.質
仕事の成果には量的な側面と質的な側面があります。実務においてどちらも大事な要素です。金銭的インセンティブはパフォーマンスの量に対してポジティブなインパクトを与えますが、質に対しては効果がないことが確認されています[3]

仕事の量はすぐにわかるけれども、仕事の質はすぐにはバレないということがあります。例えば、今期の売上vs.顧客との信頼関係、ビルの建設棟数vs.ビルの寿命などを挙げることができます。このような場合、金銭的インセンティブはアウトプットを増やすけれども、雑な仕事を増やす方向に働きます。

これも、人間は欲しいもの(お金)を効率的に手に入れるために行動を最適化するからです。仕事を頑張って欲しいときに金銭的インセンティブを用意するのは珍しいことではありません。その際は品質に対するリスクが生じることを認識しておく必要があります。

ハ 時間軸
仕事の成果は短期~長期という時間軸でも見る必要があります。営業戦略において値下げが評価されないのは、その効果に持続性がないからです。時間軸の観点から金銭的インセンティブを見ると、効果があるのは短期に限られていて、長期的には効果がないことが確認されています[4]

お金をもらった瞬間はテンションが上がりますが、すぐに有難味がなくなるということです。

短期的な効果は確認されているわけですから、今期の目標を是が非でも達成したいときには金銭的なインセンティブは効果があることになります。ところが、ここに危険な罠があるのです。金銭的インセンティブは、それを止めてしまうとパフォーマンスは元のレベルに低下することが確認されているのです[5]

つまり、効き目を持続させるためにはお金を与え続けないとダメということです。お金にはドーピングに似た性質があるのです。

ニ 興味
人にはそれぞれ好みがあるので、大好きな仕事もあれば、興味を持てない仕事もあります。大好きな仕事であれば、それをやること自体が楽しいので、本人が率先して行うでしょう。ヤル気満々ということです。このようなモチベーションは内発的動機と呼ばれています。行動しているときに経験するポジティブな感覚そのものが報酬になるというわけです。

数学が好きだから数学をやるというのが内発的動機に導かれた行動です。これに対して、行動から分離された何らかの結果を得るために行動するのが外発的動機です。数学の成績がいいと奨学金をもらえるから数学をやるというのが外発的動機になります。

金銭的なインセンティブは典型的な外発的動機として機能します。お金が欲しいから働くわけです。それでは、お金は内発的動機、つまりヤル気に対してどのような影響を及ぼすのでしょうか。

これについては、金銭的インセンティブが内発的動機に対してネガティブな影響を与えることが確認されています[6]。お金はせっかくのヤル気に水を差すということです。この現象は心理学の世界で「報酬の隠れた代償」[7]あるいは「クラウディングアウト効果」[8]と呼ばれています。

内発的動機に導かれた行動というのは、自らの意志で、心の底からやりたいからやるということです。そこに他人からとやかく言われる筋合いはありません。これに対して、金銭的インセンティブにはお金という餌に釣られるという性格があります。どうしても「他人にコントロールされている」という感覚を与えてしまうのです。

自律性を阻害されれば内発的動機が低下することは避けられません。

以上の議論から、モチベーションの向上において金銭的インセンティブが有効な状況が見えてきます。それは、仕事が簡単で、アウトプットの品質が重要ではなくて、短期的に終わって、興味の湧かない業務ということになります。

このような仕事が適切に行われないと組織運営に支障が生じます。しかしながら、マネジメントの観点からは優先順位の高いテーマでないことは確かです。

[2] C. Camerer and R. Hogarth, The effects of financial incentives in experiments: a review and capital labor production framework, Journal of Risk Uncertainty, 1999.
[3] G.Jenkins et al, “Are financial incentives related to performance? A meta-analytic review of empirical research”, Journal of Applied Psychology, 1998.
[4] U. Gneezy and A. Rustichini, “Pay enough or don’t pay at all”, Quarterly Journal of Economics, 2000.
[5] E. Deci et al., “A meta-analytic review of experiments examining the effects of extrinsic rewards on intrinsic motivation”, Psychological Bulletin Journal, 1999.
[6] E. Deci, “Effects of externally mediated rewards on intrinsic motivation”, Journal of Personality and Social Psychology, 1971.
[7] M. Lepper & D. Greene(ed.) The Hidden Costs of Reward, M. Lepper & D. Greene, Psychology Press, 1978.
[8] D. Ariely et al., “Doing good or doing well? Image motivation and monetary incentives in behaving prosocially”, American Economic Review, 2009.


4. ヤル気はどこから来るのか?

難易度が高く、創造性と品質が求められ、長期にわたる成果を求められる。これがマネジメントにおける優先順位の高い業務でしょう。そこにおいて鍵を握るのは、金銭的インセンティブではなくて内発的動機、つまり、本人のヤル気です。それでは、ヤル気はどこから来るのでしょうか。

内発的動機という概念を提唱したパイオニアがエドワード・デシです。その考え方をリチャード・ライアンとともに発展させて構築したのが自己決定理論です[9]。それによると人間は成長と不調和を解決しようとする先天的な性向を持っていて、次の3つの要素が満たされているときに、モチベーションが高くなるとされました。

● 有能感:自分の能力をフルに発揮して望ましい結果を生み出したい
● 関係性:精神的に安心するために他者とつながっていたい
● 自律性:他者に支配されないで自分の心に従って行動したい

要するに、内発的動機の源泉は、有能感、関係性、自律性にあるということです。この主張に賛同する人は多いと思います。

というのも、159週にわたってニューヨークタイムズのベストセラー入りを果たし、日本でも大きな話題になったダニエル・ピンクの『モチベーション3.0 持続する「やる気」をいかに引き出すか』(講談社、2010)の中心的なメッセージが、デシ&ライアンに基づいた内発的動機だからです。内発的動機説が人々の心をつかんだからこそモチベーション3.0は大ヒットしたわけです。

人々の支持を受けている内発的動機説ですが、課題がないわけではありません。まず、抽象的過ぎて、ビジネスの現場においてそれを特定したり、定量化することができないということが挙げられます。

これはピンクが「時代遅れの動機付けだ」として徹底的に批判した金銭的インセンティブと好対照と言えます。金銭的インセンティブの場合は、お金がパフォーマンスにどのような影響を与えるかを客観的かつ定量的に効果測定することができます。だからこそ効果の少ないことが検証されたわけです。

さらに、今世紀に入って急速に発展した神経科学では、金銭的インセンティブのような外発的な動機が人間の脳にどのような反応を引き起こすかということをfMRI(機能的核磁気共鳴)によって明らかにできるようになっています[10]外発的動機については科学的な実験によって効果の検証ができるということです。

ところが、抽象的で、インプット(動因)とアウトプット(パフォーマンス)の関係が不明瞭な内発的動機についてはそのような科学的アプローチを適用することは難しいのです。「ビジネスは科学でもありアートでもある」と言われます。そういう意味において、内発的動機はアートの領域に属するとも言えます。

もう一つの課題として、「関係性」と「自律性」の微妙な関係を挙げることができます。クリティカルシンキング的に言うと、この二つの概念はMECE(相互に排他的)なのかということです。

他者とつながっていたいという関係性に対する欲求は理解できるでしょう。なぜならば、人間は一人では生きていけないからです。人間が社会的な動物だと言われる所以です。われわれは他者とうまく交流したり、協調したりして豊かな人間関係を築く必要があります。そうすると、集団にうまく溶け込むために自分の意に反しても同調したいという気持ちにもなります。

また、集団を維持するためには、仲間だと認めた者に対して忠誠を尽くすという本性も不可欠となるはずです。絆や連帯感の源泉です。そのため人間は他者から認められたいという強力な承認欲求を持つことになります。

他者に支配されたくないという自律性の欲求と他者に認められたいという承認欲求の間には葛藤が生じるはずです。

さらに言うと、他者に承認されたいという欲求に巧みに取り入るのがマインドコントロールです。内発的動機だと思われているものがマインドコントロールの結果ということもありえるのです。

カルト集団の信者が「私は自分の意志で教団に入っているのだ」と言い張っているインタビューを見たことがある人も多いでしょう。また、結束力の強い組織には内集団の論理が強く働きます。そのような中でメンバーがどこまで自律的に行動しているのかは微妙なところがあります。このように、関係性と自律性の両立はそう簡単ではないのです。

このような厄介な問題を認識していたせいでしょうか、ピンクの「モチベーション3.0」は、デシ&ライアンの3要素を紹介しながら、何の断りもなく内発的動機を構成するのは、「自律性」、「マスタリー(有能感と同義)」、「目的」の3つだと説明しています。

デシ&ライアンの「関係性」を勝手に「目的」に置き換えているのです。変更した理由についての説明が一切ないので、これでは改ざんの誹りを免れません。

ピンクの主張を認めて、「目的」が内発的動機の源泉であるとしましょう。偉大な目的に向かって行動することがモチベーションになることは間違いないでしょう。それでも、注意すべき点があります。目的にも金銭的インセンティブと同じように焦点を絞る効果があるからです。

つまり、目的以外のことが見えなくなるのです。悪意を持った目的はダメだけれども善い目的であれば善いことが実現するので問題ないと思うかもしれません。しかし、そこは神様ではない人間のやることです。どんな副作用がそこにあるかわかりません。

確か「シカゴホープ」(アメリカのTVドラマ)だったと思いますが、瀕死の患者のために超人的な活躍をして患者家族だけでなく同僚からも称賛を浴びたドクターが帰宅してみると、夫からネグレクトされてアル中になった妻が酔いつぶれていたというシーンがありました。このときに胸を張って「大行は細謹を顧みず」とは言えないでしょう。

また、目的に価値を見出せば見出すほど、達成が困難になると絶望したり、自暴自棄になることがあります。さらに、目的を達成した暁にバーンアウトということもあります。

目的の効果を否定する必要はまったくありません。しかし、モチベーションの問題を考える場合は、どのような作用と反作用があるかを冷静に見ておく必要があるのです。

[9] R. Ryan, E. Deci, “Self-determination theory and the facilitation of intrinsic motivation, social development, and well-being”, American Psychology, 2000.

[10] fMRIによる最も有名な発見は、恋人を想うときとチョコレートを食べたときに脳の同じ場所が反応するという現象でしょう。これを友人のフランス人に言ったら「チョコレートが恋の妙薬であることなんかフランス人は大昔から知っている」と返してきました。


5. フィードバックは魔法の杖なのか?

内発的動機と対になる外発的動機について、お金以外の要因も検討しましょう。代表的なものとして感謝や称賛を表すポジティブ・フィードバックが挙げられます。お金の代わりに、言葉による報酬を与えるということです。褒められてうれしくない人はいないので、ポジティブ・フィードバックが効果を発揮することは明らかです。

ポジティブ・フィードバックは人間の承認の欲求に応える外発的動機であるという解釈ができます。ところが、そこに留まらない非常におもしろい特徴があります。それは、ポジティブ・フィードバックは、内発的動機に対して効果を発揮することが確認されているということです[11]

そのため、金銭的インセンティブと違って、ポジティブ・フィードバックはどのようなタイプの仕事、つまり、戦略的優先順位の高い仕事に対してもモチベーションを上げる効果があるのです。その理由として、ポジティブ・フィードバックが内発的動機の構成要素である有能感に働きかけることが挙げられます。

自分で手ごたえを感じるときは有能感を感じるものですが、同時に、ひょっとして単なる自己満足ではないのかという不安を覚えることもあります。そのような場合、ポジティブ・フィードバックは有能感に対する客観的な裏付けとして役立ってくれるのです。

それでは、内発的動機にインパクトを与え、お金もかからないポジティブ・フィードバックはモチベーションに対する魔法の杖ということになるのでしょうか。

それについては、基本的にYesと言えると思います。投資金額がゼロですから、フィードバックは社内で最もIRR(投資効率)の高い投資プロジェクトになります。また、その投資機会も豊富にあります。

例えば、アメリカの日系企業で働くアメリカ人従業員が日本人上司に対して抱く最大の不満が、フィードバックの少ないことです[12]。「男は黙ってサッポロビール」の日本文化と「初めに言葉ありき」(ヨハネによる福音書)という欧米文化との違いが背景にあるのですが、このことは、日本人にとってポジティブ・フィードバックという戦略的ツールを活用できる余地が大きいということを表しています。

投資効率が高いだけでなく、チャンスも豊富なプロジェクトなのですから、ポジティブ・フィードバックを実施しない手はないでしょう。

モチベーションに対する最強の武器と呼んでもよいポジティブ・フィードバックですが、「有能感と結びついている限りにおいて」という条件が必要になるかもしれません。過ぎたるは及ばざるがごとしで、フィードバックが承認の欲求と過度に結びついてしまうとマインドコントロールの危険性が出て来るからです。

マインドコントロールとは、相手の思考や感情に影響を及ぼすことによって自分の思い通りにその行動を支配することです。そこには一定のプロセスがあることが知られています。

まず肉体的疲労(眠らせないetc.)と情報の遮断(隔離etc.)によって人を極度に不安な状態に追い込みます。極度に不安な状態に追い込まれた人はどんな手段を使ってもそこから脱出したいと思います。そのタイミングで希望を見せるのです。

カルト集団ではそれが教義になります。溺れる者は藁をもつかむと言いますが、溺れないためならどんな教義でも受け入れるようになるのです。そして、対等ではない弱い立場の人間の承認欲求を逆手にとって忠誠心を形成させていくのです。

社会的動物である人間は自分を認めてくれる人に対してポジティブな感情を抱きます。裏切るなど以ての外、何とかしてその人の期待に応えたいと思うようになります。

この忠誠心に付け込んで、物事の判断を自律的に行うのではなくて、自分を認めてくれるグルに委ねるように仕向けるのです。こうしてグルに対する絶対的依存というマインドコントロールが完成するのです。

フィードバックとマインドコントロールは別のものですが、両者は相互に排他的というよりも連続体の関係にあると言えます。どちらとも言えないグレーな部分が存在するということです。

例えば、強力なリーダーシップは、他者から認められたい、仲間外れにされたくないという社会的動物である人間の原理を善用して成り立ちます。しかし、偉大なリーダーも一歩間違えれば独善的なワンマンになります。

希望を持たせて、その人の価値を認めるのはエンパワーメント(権限移譲)の基本ですが、マインドコントロールの手口でもあります。職場でマインドコントロールを実践しようと思う人はいませんが、マインドコントロールは支配者と被支配者の協同作業なので、上司にその気がなくてもリスクは残るのです。

激務で肉体的にも精神的にも疲弊している状況にある部下に対して、希望を与え、ポジティブ・フィードバックを積極的に行って勇気づけるというのは上司として当然の対応だと思われます。しかし、そのような状況で優越的な立場にいる上司がフィードバックを巧みに操ると、結果的にマインドコントロールの手口と変わりがないことになります。

人の上に立つ人間には、効果だけでなく、リスクも理解したうえでフィードバックを活用することが望まれます。

[11] J. Harackiewicz, ”The effects of reward contingency and performance feedback on intrinsic motivation”, Journal of Personality and Social Psychology, 1979.
[12] ロッシェル・カップ(2003)「ソフト・マネジメントスキル―こころをつかむ部下指導法」日本経団連出版. これに対して、業務上の専門知識に対しては評価が高いことが知られています。

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6. まとめ

百家争鳴のモチベーション理論についてその全体像をカバーすることは不可能です。そのため、本稿ではビジネスパーソンが認識しておいても損はない点をいくつか取り上げてみました。改めてモチベーションというのは一筋縄では行かないことが明らかになったのではないでしょうか。

理論的な観点から見ても、心理学は意味のある洞察を提供してくれますが、科学的な検証が難しいという悩ましさがあります。鉄板ネタだったマシュマロ実験(つまみ食いを我慢できた子供は高い学力を身につけて社会的に成功するというスタンフォード大学の実験)でさえ最近否定されました[13]

経済学は客観的な数字で論証できるところが強みですが、お金(経済的合理性)だけに基づいて行動するという驚くほど単純な人間観を採用しています。

fMRIなどの先端技術を駆使する神経科学では科学的アプローチによる検証が可能ですが、仕事に夢中になるのもギャンブルに夢中になるのもデータとしては同じ(脳の同じ場所が反応する)という悩ましさがあります。

このようなわけで第一線の研究者もモチベーションはまだまだ解明されていないということについては合意しています。そのような不都合な真実を踏まえて、実務家は温かい心と冷静な頭脳でモチベーションを考える必要があります。

[13] 日本経済新聞「心理学実験、再現できず信頼揺らぐ 学界に見直す動き」2019年12月15日日付朝刊.

参考図書
ダニエル・ピンク著、大前研一訳(2010)『モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか』講談社.
金井壽宏(2006)『働くみんなのモティベーション論』日経ビジネス人文庫.
マシュー・リーバーマン(2015)『21世紀の脳科学 人生を豊かにする3つの「脳力」』講談社.
岡田尊司(2016)『マインド・コントロール』文春新書.
Bettina Studer & Stefan Knecht (2016)Motivation: Theory, Neurobiology and Applications, Elsevier.,

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