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落ち込んでいる部下に対処する方法 ―認知行動モデルによるアプローチ

「最近元気がないのが気になるな」
「やる気をなくしているようで心配だ」

部下に対してこのように感じた経験は誰もがあるはずです。リーダーにとって落ち込んでいる部下にどのように対応すればよいかは最も頭の痛い問題の一つと言えるでしょう。対処の仕方によってはチームのパフォーマンスだけでなく、メンタルの問題や離職に発展してしまうリスクもあるからです。

ヒトに関する問題は複雑かつ多様なので、一つのアプローチで問題をすべて解決できるわけではありません。しかし、何らかの手掛かりがなければ問題に向き合うことも難しいと言えるでしょう。

本論では、認知行動モデルを手掛かりにして、落ち込んでいる部下に対処する方法を考えたいと思います。


1. 落ち込んでいる状態とは?

まず、部下が落ち込んでいる状態について見ていきましょう。

「幸福な家庭は一様に幸福だが、不幸な家庭はそれぞれに不幸だ」というアンナ・カレーニナではありませんが、落ち込んでいる状態を一つのモデルに落とし込んで理解することは困難でしょう。そこで、典型的なケースを設定して、それをベンチマークとしたいと思います。ここでは、「ネガティブな状況に直面して、成果を出せないので、落ち込む」ということにします。筆者の経験では、このようなケースが大半ではないかと思われます。

「ネガティブな状況」は、景気の悪化という外部的な要因もあれば、タフな仕事の重圧、職場の人間関係という内部的な要因など様々なケースがあります。いずれも本人を取り巻く状況なので、環境と捉えることができます。

「成果を出せない」ということについても、仕事のアウトプットが低調、行き詰まっている、決められたことが守れない、充実感が得られていない、居心地が悪い、仕事がきつい、など様々なバリエーションがあります。言い換えると、望ましい状態と現状の間にギャップがあるということになります。

成果を出せないことは残念なことですが、それによって落ち込むということ自体は異常なことではなくて、極めて自然な反応と言えるでしょう。

リーダーに期待されるのは、ただ単に部下の落ち込んでいる気持ちを改善することではありません。部下が成果を出すことによって落ち込んでいる状況を克服できるようにサポートすることです。


2. 認知行動モデルとは

落ち込んでいる部下の状況を理解するうえで参考になるのが、「認知行動モデル」です。

認知行動モデルとは、アメリカの心理学者のアルバート・エリスや精神科医のアーロン・ベックらによって開発されたものです。人間の反応は、刺激によってのみ生じるのではなくて、刺激をどう解釈するかという認知的変数によって生じると考えます。そのため、個人の思考に焦点を当てて、思考が変化すれば反応が変化すると捉えます。

認知行動モデルは次のような構造になっています。

このモデルを活用することで、「ネガティブな出来事が起こったのでうまく行かない。うまく行かないから、精神的に落ち込む。それは仕方がない」というナイーブなものの見方を克服することができます。そして、部下に対する理解の仕方に厚みが出るようになると思います。認知行動モデルのポイントを挙げると次のようになります。

第一に、行動の強調です。

例えば、景気の後退という環境によって売上減というネガティブなアウトプットが生じるわけではありません。実際は、そのときの営業活動(=行動)の結果として売上減が生じるのです。景気後退という環境が売上に影響を与えることは間違いないでしょう。しかし、同じタイミングで売上を増やしたやり手の営業担当者もいるはずです。そうすると、環境がアウトプットを支配するというのは皮相的な見方で、適切ではないということになります。

直接的には、行動がアウトプットを決めるのです。アウトプットをよくしたかったら、行動を変える必要があるというのが認知行動モデルのメッセージとなります。

第二に、行動の背後には感情があるということです

やる気があれば積極的に行動するようになります。やる気がなければ行動は消極的になります。そして、やる気というのは感情の所産です。例えば、イライラしていたら、傾聴という行動を期待することはできません。成果を出すためには行動を変える必要がありますが、行動を変えるには、それにふさわしい感情が伴っていなければなりません。経営学の世界では、理論化を難しくするので感情という要素は排除されがちです。しかし、このモデルは感情という人間のリアリティを無視していません。

第三に、出来事が感情を形成すると思われがちですが、そうではないということです。

例えば、渋滞に巻き込まれたら(=出来事)、焦ります(=感情)。ボスとのミーティングがあると、不安になります。このように言うと、感情は出来事によって形成されると思われるかもしれません。しかし、そうではないのです。なぜなら、同じ出来事に直面しても、みんなが同じ感情を持つわけではないからです。ボスとのミーティングあるので、「ワクワクする」という人もいます。同じ出来事に対して異なる反応がある以上、出来事が感情を決定するという捉え方は科学的ではないことになります。

第四に、これがこのモデルのポイントと言えますが、物事の考え方が鍵を握るということです。

つまり、出来事をどのように理解するかという考え方が感情を形成するということです。われわれは頭の中で出来事が何を意味するかを定義しています。それによって感情が形成されるのです。例えば、部下がくだらない質問をしてくるという出来事によってイライラする(感情)わけではありません。「部下はそんなことぐらい知っているべきだ」と考えるからこそ、イライラするのです。同じ出来事に対して、「優秀な人間ほどアホな質問をしてくる」(これは経験上かなり確かです)と考えると、イライラしないのではないでしょうか。

認知行動モデルによると、部下の気持ちが落ち込んでいるのは、やっかいな対人関係やタフな仕事の重圧によって、よい結果が出ないからではありません。そのような環境をどのように理解するかという、部下自身の考え方に根本的な原因があることになります。

したがって、部下の不満や不安といったネガティブな感情を改善し、行動変容をさせるためには、出来事をどのように捉えるかという考え方に切り込んでいけばよいのです。問題の本質が考え方にあるわけですから、落ち込んでいるという感情的な問題を検証可能なロジックで対処することが可能になるのです。


3. 認知行動モデルのケーススタディ

認知行動モデルを実際のビジネスに適用するとどうなるでしょうか。個人のケースでは作り話だと思われるので、マクロ的なケースで説明します。

1970年代に発生したオイルショックは、世界経済に大打撃を与えました。特に全エネルギーの8割以上を中東の石油に頼っていた日本は最大の打撃を受けることになったので、パニックに陥りました。筆者は高校生だったので、そのときの悲壮な社会の気分を鮮明に覚えています。ところが、結果的にこの危機を最も巧みに立ち回ったのが日本企業だったのです。そこには、欧米企業と日本企業の間に考え方の相違があったと言えます。

出来事としては、1973年に石油価格が一気に4倍になりました。この事態に直面した欧米企業の基本的な考え方は、「基礎原料の価格が暴騰するのだから、コストアップ分は売値に転嫁するしかない」というものでした。これに対して日本企業は、「原油価格が上がるなら、それに見合った分だけ原油の消費量を減らせばオイルショックを乗り切れるのではないか」と考えたのです。天然資源に恵まれない日本企業は欧米企業よりも厳しい状況に追い込まれたが故の背水の陣の発想だったと思います。

このような考え方によって形成された欧米企業の感情は、「困ったもんだ。でも仕方がない」といったネガティブなものだったはずです。一方、日本企業の感情は「それしかない。やってやろうじゃないか」というポジティブなものでした。

筆者は、1979年のイラン革命に端を発する第2次オイルショックの余燼が冷めやらぬ中、新入社員として工場に配属されたのですが、「理論原単位への挑戦」という旗印を掲げて、工場の全従業員が一心不乱にコストダウンを推進している姿が印象的でした。高校を出て事務職になったばかりの女性社員が、工場長を囲む昼食会で「どうしてみんなコストダウン、コストダウンと言っているのですか?」と素朴な質問をして、幹部に大受けしていたほどです。今から思えば大変な状況だったはずですが、それよりも工場全体の熱気を覚えています。

このような感情の違いは、両者の行動の違いを生みました。

欧米企業は強引な値上げを最優先施策として業績維持を図ろうとしました。これに対して、日本企業は省エネ化を推進して、低燃費、軽薄短小の製品を次々と開発していったのです。その結果、欧米企業は顧客離れによる業績の低下に苦しむことになりました。その隙を突くかの如く、日本企業は革新的な省エネ製品によって欧米企業からシェアを奪って行ったのです。こうして日本企業は1980年代に入って、「Japan as #1」と称賛される一時代を築いて行ったわけです。

出来事といった環境をコントロールすることはできません。しかし、自分の考え方はコントロールできます。名君と称えられた上杉鷹山に、「為せば成る、為さねば成らぬ、何事も、成らぬは人の為せぬなりけり」という有名な教えがあります。認知行動モデルを手掛かりとすると、この教えの極意の一端が垣間見えるのではないでしょうか。


4. 落ち込んでいる部下と「考え方のゆがみ」

落ち込んでいる、元気がない、やる気がない、といった部下のネガティブな感情が継続している場合、それはメンタルの問題ではなくて、考え方が論理的ではない可能性があります。

その理由は、「出来事そのものは良いこともあれば、悪いこともある」のが世の常で、本来的にニュートラルだからです。したがって、出来事を論理的に考えることができれば、感情はニュートラルに向かうはずです。ネガティブな気持ちが継続しているのは、考え方にゆがみが生じていて、現実を正確に把握していないことが考えられます。

代表的な「考え方ゆがみ」を挙げると次のようになります。いずれも現実を論理的、分析的に捉えていないという特徴があります。

① All or Nothingの二分割思考
物事を白か黒かでしか見られない考え方です。仕事の結果が目標に到達しなかったら、完全な失敗だと捉えるのです。目標に到達しないのは残念な結果かもしれませんが、完全な失敗ということではありません。

② 極端な一般化
限られたサンプル数から一般論を導いてしまう考え方です。たった一つの否定的な出来事が、永遠に続く失敗のパターンだと決めつけてしまうのです。良きにつけ悪しきにつけ、ビジネスにおいて永遠に続くものはありません。

③ メンタルフィルター
情報の選択が偏る考え方で、どんな場合でも否定的なことだけを見出します。その結果、現実に対する見方が暗黒化します。否定的なこともあれば肯定的なこともあるのが現実の姿です。

④ ポジティブの否定
ポジティブな経験に対して、何かと理由をつけて「重要ではない」と否定します。それによって、実際の経験とは矛盾する否定的な信念を抱くことになります。

⑤ 根拠なき結論
根拠となる事実がなくても、忖度や迷信によって一気に否定的な結論を導きます。科学的なアプローチを否定することになります。

⑥ 拡大視・縮小視
否定的なことだけが気になって、そればかりを重要視して、それ以外の事実を矮小化する考え方です。

⑦ 情緒的理由付け
自分の否定的な感情状態から現実を判断してしまいます。

⑧ 「べき」論
「何々すべき」が行動の動機となります。その感情的帰結は罪の意識ということになります。これが他人に向けられると、不満、怒り、憤りを抱くようになります。

⑨ ラベリング
極端な一般化のひとつの形態と言えますが、自分の過ちを正確に把握せずに「落伍者」などと否定的なラベルを自分に貼ります。一方、自分をないがしろにした相手に対して「クソ野郎」とラベルを貼ります。

⑩ 自己関連付け
本当はそうではないのに、否定的な出来事の原因はすべて自分にあるように捉えます。

認知行動モデルにおいては、現実をニュートラルに把握することが出発点となります。現実に対する考え方のゆがみを認識することは、自分のネガティブな感情を見つめ直すきっかけになります。


5. 落ち込んでいる部下との対話

落ち込んでいる部下に対しては、現実をニュートラルに把握しているかどうかに注目することになります。なぜならば、考え方のゆがみに基づいた否定的な確信を部下が抱いている可能性が高いからです。

注意しないといけないのは、確信や信念を持っている相手に対して、「それは間違っている」と指摘しても通用しないということです。逆効果になって、より一層頑なな態度を取るようになる危険性もあります。

したがって、まずリーダーが行わなければならないのは、ポジティブな質問を通して、部下の確信を検証可能な仮説に変換することです。部下の確信を「一つの考え方」という相対的なポジションに置くのです。そして、対話の過程で考え方のゆがみについて検討を加え、部下が自らのネガティブな感情を見つめなおすきっかけを与えるのです。

現実的には、部下との会話の流れの中から話題を発展させることになると思います。部下に元気がないと感じるのは、部下が何かしら否定的なことを発言するからです。そのタイミングを利用して、認知行動モデルに基づいた対話に移行することができます。

Step 1 Factの確認

現実をニュートラルに把握するためには、まずFactを適切に押さえる必要があります。部下が否定的な発言をしたときに、次のような質問をすることが考えられます。

  • 「それ(話題)についてどんな事実があったか教えてほしい」
  • 「関連する事実をすべて挙げるとどうなるだろうか」

落ち込んでいる部下は、往々にして否定的な情報だけを選択しがちです。そのためリーダーは、部下が対象についての事実をモレなくダブリなく把握しているかを判断しなければなりません。クリティカル・シンキングで言うところの、MECE(Mutually、Exclusive、Collectively、Exhaustive)になっているかということです。そういう意味において、リーダーには論理的な思考能力が強く求められます。

Step 2 考え方の検証

対象についての事実を整理できたならば、対象をどのように解釈するかという考え方について検討を加えます。

  •  「そのような事実を踏まえて、どのように考えているか聞かせてほしい」
  •  「そのような事実に対して、他にも色々な考え方があり得ると思う。自分の考え方以外にどのような考え方があるかアイデアを出してほしい」
  •  「どのような考え方が現実を最もフェアに捉えているだろうか?」
  •  「どのような考え方が最もWin-Winになるだろうか?」

部下の確信を検証可能な仮説に変換するプロセスです。

自分の考えを否定されることに対しては、誰しも抵抗を覚えるものです。部下の考え方に対しては敬意をもって接する必要があります。

また、事実については客観性があるので誰もが同じ認識を持たなければなりませんが、考え方はそうではありません。ビジネスにおいては唯一絶対の真理というものはありません。したがって、決まった正解がない中で様々な考え方がありえるというスタンスを取ることが望まれます。そこにおいて求められるのはクリエイティビティです。

Step 3 感情の模索

考え方に応じて感情が形成されます。ポジティブな行動を生み出す原動力となるような感情を模索します。

  • 「そのように事実を理解すると、どんな気分になるだろうか?」
  • 「それとは別の考え方をすると、どんな気分だろか?」

理想を言えば、「ワクワクする」ということになると思いますが、現状から一歩踏み出そうという意欲の形成が重要なポイントになります。

Step 4 行動への誘導

結果を出すためには、行動をどのように変えるかが勝負になります。現実を再解釈することで新しい行動を促します。

  • 「なにかやり方を変えてみる余地はあるだろうか?」
  • 「なにか新しいアクションが考えられるだろうか?」

落ち込んでいるという現象を感情の問題と捉えると、システマティックに対処することは難しくなります。なぜなら、感情は理性を超えたものだからです。

これに対して、認知行動モデルを活用すると、システマティックにアプローチすることが可能になります。それによって、仮説と検証のサイクルを回して課題を論理的、分析的に追求することが期待できるのです。


6. まとめ

落ち込んでいる部下に対処する際に、「認知行動モデル」は有力な手掛かりになります。認知行動モデルは、人のパフォーマンスを「出来事→考え方→感情→行動→→結果」と捉えます。

認知行動モデルのメッセージは単純明快です。「結果を出したかったら、行動を変えるしかない。そのためには、考え方を変えなければならない。考え方が変われば、感情が変わる。感情が変われば、行動が変わる」ということです。

環境(出来事)はコントロールすることができませんが、考え方は自分でコントロールすることができます。このように考え方を変えるためには、現実をニュートラルに把握することがポイントになります。

落ち込んでいる部下を慰めて、気持ちを持ち直させるのがリーダーの仕事ではありません。リーダーに期待されるのは、部下が行動を変えて結果を出せるように導くことです。

<参考文献、情報>
Feeling Good: The New Mood Therapy, David D. Burns, Avon Books, 1980
心理学辞典、有斐閣、1999

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<教材目次>
第1章 理解度チェック

第2章 チームとは何か?
 第1節 なぜチームなのか?
 第2節 ビジネスの環境とチーム
 第3節 チームの基本
 第4節 チームが価値を創造するメカニズム

第3章 チームビルディングの方法
 第1節 チームビルディングのプロセス
 第2節 チームのリーダーシップ
 第3節 チームが行き詰まる原因と対策
 第4節 なぜチームビルディングは難しいか

第4章 リーダーの役割
 第1節 目的のフレーミング
 第2節 心理的安全の確保
 第3節 失敗のフレーミング
 第4節 リーダーシップの実例

<章末コラム> 西尾教授が解説 いまどきの若手社員との付き合い方

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