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花街のシステムに学ぶモチベーション維持・向上の極意 なぜ15歳の少女が厳しい職場で成長を実感できるのか?

「今どきの若者は…」

あなたが若手を育成する立場にある方なら、口にはせずとも、こう思ったことがあるのではないでしょうか。

仕事に対して意欲を感じない、成長する気があるのかどうかもわからない、そんな風に嘆く前に、若手のモチベーションを向上し、維持するために、あなたがしてあげられることがあるかもしれません。

舞妓さんはご存知ですよね?

舞妓さんは15歳で修業に入り、厳しい世界でモチベーションを維持しながら一人前を目指していきます。だれが見ても大変そうな花街で、なぜ年端もいかぬ少女たちがきちんと一人前の舞妓さんに育成されているのでしょうか。答えは花街の人材育成システムに見ることができます。

本稿では古いしきたりを守る厳しい職場環境の中で、プロとして成長していく舞妓さんについて、人材開発という観点から見ていきたいと思います。そこには伝統に裏打ちされた人材育成の方法論があるのです。舞妓さんのモチベーションを育む花街の智恵は、企業で若手を育成する立場にあるリーダーの方にもきっと参考になるはずです。

それでは京都花街にモチベーションの維持・向上のヒントを探しにご一緒に出かけてみましょう!

「京都花街に、ようこそ、おこしやす」


1. 舞妓さんとは?

今日の舞妓さんは、そのほとんどが京都以外の日本各地の中学を卒業して、日本舞踊や邦楽のお稽古の経験がないまま、京都の花街[1]にやってきます。

1年間の修業生活を経て、おもてなしサービスのプロとしてお座敷にデビューします。そして20歳ごろに舞妓を卒業して、芸妓(げいこ)として独立して花街で生きていくか、別の道に進むかを自分で選択します。

[1] 花街には祇園甲部・宮川町・先斗町・上七軒・祇園東の5つがあります。


2. 舞妓さんとビジネス

花街における舞妓さん育成は、ビジネスにおける若手育成とは関係がないように思われるかもしれませんが、共通項がとても多いと言えます。

まず、舞妓さんはプロのビジネスパーソンに勝るとも劣らぬ高度技能専門職です。

おもてなしというプロフェッショナルサービスを提供するためには、接客のスキルだけでなく、伝統技芸を磨くことも必須です。日本舞踊はもちろんのこと、三味線、小鼓、大鼓、笛などの邦楽器を演奏し、長唄、小唄、常盤津などを唄い、立ち居振る舞いの基礎として茶道のたしなみもなければなりません。

さらに、現場であるお座敷では芸事の披露に加え、お客さんの心模様を推し量り、言語化されない要望を把握し、最適なおもてなしを提供するスキルが問われます。海外での仕事も増えているので、グローバル人材としてのスキルも磨かなければなりません。10代にしてサービス業のプロ中のプロ、AIでは置き換えることができないヒューマンスキルを有しているのです。

「舞妓さんはあこがれの職業だから厳しい環境でも頑張れる。うちの若手社員とは話が違う」とおっしゃる方もいるかもしれません。たしかに少女たちにとって「舞妓さんはあこがれの職業」という側面がありますが、そのブランドイメージを作り上げたのは、広告などのプロモーションでは決してありません。1970年代以降京都にあこがれてやってきた地方出身の少女たちが、顧客満足を得るために地道で絶え間ない努力を重ねてきた結果なのです。舞妓さんのステータスは、舞妓さん自身が築いたものです。

ビジネスも同じではないでしょうか。自分たちの仕事があこがれの仕事になるかどうかは、いかに顧客満足を考えて努力や創意工夫をするかにかかっているのです。それがプロの世界というものです。本当に質の良いサービスの提供や付加価値の創出は、上司の顔色を窺っていればできるというものではなく、現場の個々人の努力にかかっています。

いくら舞妓さんがあこがれの仕事で、首尾よくそれに就けたからと言って、それだけでモチベーションが維持・向上するわけではありません。大学を出てから社会に出る多くのビジネスパーソンに対して、舞妓さんは15歳というまだまだ人間的にも未熟な状態でプロの世界に身を投じます。

実家を離れての住込みの共同生活ですから、時にはホームシックになることもあります。また、忙しいときはお化粧を落として着替えて床に就けるのは深夜2時頃になることもあり、気力も体力も求められるタフな毎日が続きます。そんな彼女たちのモチベーションは、個人の努力を保つ仕組みがあるからこそ維持されています。

つまり現代の舞妓さんがブランドイメージを体現できる行動の基盤には、先輩芸妓さんたちやマネジメント側の働きかけとリーダーシップの発揮があるのです。


3. 舞妓さんを育成する仕組み

舞妓さんの育成において特徴的なことは、キャリアパスが経験年数によって明確に決められている点です。舞妓さんとしてのキャリアは56年と決して長いものではありませんが、その期間を6つもの段階に分けて育成していくようになっているのです。それが舞妓さんのモチベーションを形成する要因となっているのです。

「そこまで細かくはないが、うちの職場でも似たようなことはやっている」とおっしゃる方もいると思いますが、段階に分けるだけではキャリアパスとは呼べません。大事なことは、それぞれの段階におけるゴールが明確になっていること、さらに、ゴールを達成できる仕組みをちゃんと用意していることです。

この課題に対して、花街はユニークなゴール設定と周囲からかけられる「京ことば」によって少女たちがゴールを達成できる仕組みを作り上げています。キャリアの形成においては、教えられたことと現場での体験を結び付けて、自分なりの意味や意義を見つけて「あぁ、そうなんだ」と納得することが不可欠です。花街では舞妓さんが育成される過程で周囲から様々な「京ことば」がかけられます。それによって舞妓さんたちが何かに気づいたり発見したりできる瞬間が訪れるようにしているのです。

それでは、段階に沿って実際の様子を見ていきましょう。

3-1. ステップ1:仕込みさん(デビュー前の約1年間)

舞妓さんとしてデビューするまでの約1年間の修業期間を「仕込みさん」と呼びます。

中学を卒業したら置屋での住込み生活を始めます。置屋とは、経営者(お母さんと呼びます)がいて、立ち居振る舞いや花街のしきたりを教え、着物を用意して、舞妓さんをお座敷に送り出す、いわば芸能プロダクションのようなところです。

この期間は、舞妓さんの基本技能である日本舞踊のお稽古が必須となるだけでなく、花街の慣習を覚え、伝統的な京ことばを身につけることも必要となります。仕込みさんは、お化粧はせず普段着で暮らします。

仕込みさんのキャリアのゴールはどのようになっているでしょうか。まず、この業界に馴染むことが大切です。職場の人間関係のネットワークにきちんと入ることです。また、日本舞踊などの基本技能のレベルに関するゴールも設定されており、具体的には仕込さんを卒業する1年後にお座敷で披露することを目標に研鑽を積んでいくこととなります。

同時に、学ぶ姿勢を獲得することが求められます。学ぶ姿勢が重視されるのは、技能レベルを上げるために必須であることはもちろん、社会や経済の状況に応じて変化するニーズに対応するためでもあります。

一流のおもてなしサービスに対価を支払うお客様層に継続的に満足いただくためには、「努力を怠ることを厳しく自戒し、継続する意志を持ってずっと精進していく」必要があります。ですから、京都花街にやってきた仕込みさんは、こうした基本的な心構えを身に付けることも視野に入れて指導・育成されます。

その第一歩で目指さなければならないゴールは次の3つです。

  1. 職場(先輩、置屋、花街)に受け入れられること
  2. 専門基礎技能を身に付けること
  3. 学ぶ姿勢を身に付けること

このゴールを円滑に達成するために、仕込みさんにはいくつかの言葉がかけられます。代表的な2つをご紹介しましょう。

『電信棒見ても、おたのもうします』(電柱を見ても「よろしくお願いします」)

花街に限らず、一般のビジネスの世界でも、仕事というのは人のネットワークで行われます。チームも人間関係をベースにして動きます。したがって、新人はまず周囲に受け入れられる必要があります。一方で、プロのネットワークに受け入れられるためにはスキルがないとダメです。そこでスキルのない新人はどうしたらよいか。これに対する花街の教えがあいさつなのです。

プロとしてのスキルがなくてもあいさつはできるだろうということです。あいさつをすることによって、職場に受け入れられる努力をするということです。

「電信棒見ても」というのは、「立っているものすべてに対して」という意味です。あいさつをする必要のない相手かどうかは仕込みさんには判断できません。だから事業所の外に一歩出たら、すべての人にあいさつをして顔を覚えてもらう努力をしなさい、ということです。関係者以外の方にあいさつをした場合でも、あいさつの練習ができたと思えば無駄にならないということを言っているわけです。

あいさつの大切さは製造業でキャリアを積んだ知人からも聞いたことがあります。工場では「ご安全に」があいさつになっています。新入社員のときに初めてこれを聞いて「ダセー」と思ったそうですが、実際に事故を経験し、場合によっては仲間を失った先輩たちが「ご安全に」というあいさつにどのような意味を込めているかということを知るにつけ、その言葉の意味や重みに気が付いたということです。

シビアなプロの現場では、あいさつはとても大きな役割を担っているのではないでしょうか。

『教(お)せてもらう用意』(教えてもらう用意)

伝統社会に生きる舞妓さんも現代っ子です。自主性が尊重され、主体的に行動できることを良しとする教育を受けていることに変わりはありません。そのため、他人に尋ねて助けてもらうことの大切さがわかっていないことが多いと言います。何も知らない未知の世界で未熟な自分を高めていくためには、他人に尋ねて助けてもらうことがとても大切です。だから、仕込みさんには「教せてもらう用意」を説くと言います。

教えるというのは、教えられる側にそれを受け取る姿勢があって初めて成り立つ行為です。教えるのは上司や先輩の役目ですが、新人にも教えてもらう用意をする責務があることを、この言葉は表しています。「教せてもらう用意ができたら、現場でちゃんと教えてもらえます。舞妓さんとしてお座敷に出たら覚えんなんことがいっぱいありますさかいに、その場、その場で、みなさんから教せてもらうことが大切なんどす」とある置屋のお母さんが言っています。

新人が「教せてもらう用意」をするためには、どうしたらよいでしょうか。その基本となるのが先に挙げたあいさつなのです。ある大企業の課長が「うちの若手は出社するとあいさつもしないでパソコンに向かう」と嘆いておられましたが、あいさつが「教せてもらうための用意」や職場に受け入れられるための戦略的なアクションであることを認識していれば、こんなことは起こらないはずです。

ビジネスの世界では、新人の育成のためにOJTができているかどうか、その成果はどうなっているかについてはよく議論されています。しかし、まず必要なことは、仕事経験を通じて上司や先輩からいろいろなことを「教えてもらえる」能力を伸ばすことではないでしょうか。

3-2. ステップ2:見習いさん(デビュー直前の1か月)

舞妓さんとしてデビューする日が決まると、育成指導役のお姉さん芸妓が決まります。また、特定のお茶屋さん(お座敷をコーディネートします)に毎日行って、実際のお座敷の様子を見せてもらいます。

この実施研修は約1か月で、この間は「見習いさん」と呼ばれます。また、見習いさんを受入れるお茶屋さんを見習い茶屋と言います。見習いさんは、だらりの帯が舞妓さんよりも短い半だらりの帯を締め、袂(たもと)の丈が短い着物を着ますが、舞妓さんと同じ日本髪を結ってお座敷に出ます。

この研修期間の目的は、先輩の芸妓さんや舞妓さんと一緒にお座敷の現場に出ることで実際の雰囲気に慣れることや、お客様に顔を覚えてもらうことにありますが、キャリアの観点からは、見習い茶屋のお母さんや同じ置屋以外の先輩の芸舞妓さんとの人間関係を形成することと、現場の経験を通じて学ぶ姿勢を獲得することがゴールとなります。

そのため、見習いさんに対しては、見守ってもらっているのだから精一杯やろうというひたむきさを持つことができるような言葉や、現場で少しでも多くのことを学ぶ努力を促す言葉が、周囲の人たちからかけられていきます。

『かわいがってもらいよしや』

見習いさんを育成した置屋のお母さんも、見習い茶屋のお母さんも、この言葉をよく口にされます。未熟だからこそ、ご一緒してくださる方々に溶け込もうという気持ちを見習いさんが持つことが、大切になるのです。必死に周囲に馴染もうという気持ちを持って行動をすることが、「未熟は未熟なりにかわいらしいとこあるなあ、一緒にいるのも悪くはないか」という周囲の受け止め方につながります。

かわいがってもらおうと思えば、先に挙げた「おたのもうします」という簡単なあいさつをすることの意味も、より深く理解できるようになるわけです。毎日お座敷で馴染もうと心がけていれば、少しずつ気にかけてもらえるようになり、アドバイスの言葉もかけてもらえるようになるということです。

管理職の方から時々、「最近の若手は教え甲斐がない」という声を聞くことがあります。それは、指導に対して感謝する気持ちが見られないということだと思います。しかし、そのような不満を口にする方は、未熟であったとしても「職場の人間関係に馴染み、少しでもアドバイスを獲得する」というゴール設定を若手社員にしているでしょうか。

目指すべきゴールを提示されていなければ若手社員もそれに向けた努力をしなくても不思議はありません。

『座っているのも、お稽古』

これは、自分が直接教えてもらうことだけが学びではなく、他の人の学習機会に同席しているときもアンテナを伸ばして、自分の得た経験すべてを活用することが大切だという教えです。「自分やったらここはどうしようかと思うてみる。〇〇ちゃんがどこをどういうふうに教えてもろうてはるかをしっかり見てなぁあかんのえ」と教えられます。

見習いさんになると、座っているのがお稽古場とは限らなくなります。お座敷の現場で接客をしつつも、他の芸舞妓さんの様子を見させてもらって、自分の技能を磨くことが求められるのです。「座っているのもお稽古」はプロとして自らを育てていく素地を見習いさんのときにしっかり持つように教えているのです。

ビジネスでは上司と担当者の会話だけが行われて、担当外のメンバーは「我関せず」を決め込むような会議があります。「一日でも早く一人前に」という思いがチーム全員に共有されていたら、そのようなことは考えられないのではないでしょうか。

見習い期間は、あこがれの現場に出られても、やろうと思ってもできないことの連続であることをデビュー前に体験させ、現場に応じた指導がきちんと受けられることを見習いさんにわからせる役割があります。この期間があることで、落ち込むことがあっても、周囲から教えてもらえることでいずれできるようになると知り、将来の自分の能力の伸びに期待を抱けるようにしているのです。

舞妓さんを教える側のマネジメントのうまさがここにあると言えます。

3-3. ステップ3:見世出し(舞妓さんデビューから1年間)

舞妓さんとしてデビューする日は「見世出し」と呼ばれます。

見世出しから1年がキャリア形成上の大きな節目の期間になります。出たての舞妓さんは必死に仕事に取組み、努力する意思があっても、現場経験が乏しいために失敗は避けられません。一方で、プロとしておもてなしサービスを提供する以上は、一定レベル以上のサービスを行うことが求められます。

そのため、出たての舞妓さんには周囲の人々からフォローをできるだけたくさんもらえ、少しでも技能を磨けるような言葉がかけられていきます。

この段階におけるキャリアのゴールとしては、現場での対応力とリポーティングという2つの基本的行動の習得が挙げられます。そして、それを達成する方法を教える言葉が用意されているのです。

『○○姉さん、おおきに』(ありがとうございます)

現場での対応力を身に付けるための具体的な方法として、3つのマジックワードが用意されています。一つ目が「○○姉さん、おおきに」です。

この言葉には2つのポイントがあります。1つは「おおきに」では不十分で、「○○姉さん」と言う点です。もう1つは「おおきに」という言葉の真意です。このフレーズは「〇〇姉さんは、たくさんたくさんせなあかんことがあるのに、不慣れで仕事が十分にできひん新人のうちにまで配慮してくれはって本当に感謝しています」ということを表しています。

このフレーズをその場できちんと言えるということは、自分を育ててくれている周囲の人たちの意図への理解と、それを自分に実行してもらうことへの感謝を、育成される側の自分は明確に気がついていることを相手に伝えることを意味します。だからこそ、この言葉をきちんと言える舞妓さんは、「○○ちゃんは、きっとええ舞妓はんになりはるえ」と周囲から期待され、技能が不十分でも成長の余地を認められて育っていくわけです。

ビジネスの世界でも他者に対するリスペクトが重視されるようになっていますが、「○○姉さん、おおきに」は相手に対するリスペクトそのものと言ってよいと思います。

『すんまへん』

2つ目のマジックワードが、「すんまへん」です。現場で仕事を覚えていく過程で失敗はつきものです。そんなときに「すんまへん」とすぐに謝れるかどうかは重要なことです。それができないと「どんなべっぴんさんでも、ええ舞妓はんになることは難しおすなあ」と厳しい評価が下されるのです。

「すんまへん」の本質的な意味は謝罪よりも反省にあります。だからこそ言われた方は、「この子は迷惑をかけたことがわかっているなあ。そしてすぐに謝って他人の話を聞く素地があるなあ、ほな、教えてあげよう」と同じ失敗を繰り返さなくてもいいようにアドバイスをしてくれるわけです。

「すんまへん」は失敗を認めて成長するために、ひいてはプロとして仕事を学ばせてもらうために、必要な言葉となっているのです。

『よろしゅう、おたのもうします』

3つめが「よろしゅう、おたのもうします」です。これも相手に対するリスペクトを表す言葉と言えます。その意味は「どうぞしっかり見てください、導いてください」ということです。

心配しても自分の能力以上の成果を発揮することはできないし、まして相手がどのような評価をしてくださるのかまで差配することはできません。精一杯の技能をお見せするように努力するので、「どうぞ、よろしくお願いします」ということになります。どのような評価でもお客様からいただけるものを自分で受け止め、これからも励み続けるという気構えを作っていくから、責任をもって自分の役割を務めるというプロとしての仕事ができるようになるのです。

この3つの簡単な言葉にどのような意味が込められているのか、その意味を、育成する側と育成される側の双方が深く理解しているところに、花街の人材育成の智恵があるのです。

『しょうもないことやさかいに、言わへんのは、あかんのえ』

ささいなことでも置屋のお母さんや育成指導役のお姉さん芸妓に報告すること、つまりリポーティングの重要性が説かれます。

新人は仕事の全体像が見えていないので、何が大事かを判断する能力はありません。また、報告というビジネスを円滑に行う上での基本的行動を軽視すると、お母さんからのフィードバックもそれだけ減ってしまいます。その結果、いつまでたっても仕事の全体像について理解できるようになりません。

こうして、やらせてもらう→失敗する→先輩から指摘される→謝る→指摘されたことにお礼を言う→お母さんやお姉さんに指摘事項を報告する→お母さんやお姉さんから指導してもらう、という成長のサイクルが形成されるのです。

新人の期間には、もう一つ興味深いことがあります。スキルの乏しい見習いさんがお座敷でできることは限られています。お酒の残りが少なくなったら新しいものを取りに行くとか、お客さんをお手洗いに案内するとかです。ビジネスの世界にもこのような下っ端の仕事があって、それは概して若手に人気がありません。

しかし、花街の捉え方は少々違います。そのような雑用に難しいスキルは必要とされません。だから新人の舞妓さんでもちゃんとやれます。ちゃんとやれば周囲から信頼を得ることができます。つまり、これは新人の舞妓さんに対して成功体験を提供しているのです。それによって、新人の舞妓さんに自信をつけさせているのです。

ビジネスにおいても、雑用と思われる仕事にどのような意味があるのかということを新人に教えることは、リーダーの大事な仕事と言えるでしょう。

3-4. ステップ4:お紅をさす(舞妓さんになって1年後)

舞妓さんになって1年が経過して、育成指導役のお姉さん芸妓がその能力を認めると、上の唇に紅がさせるようになります。舞妓1年生時代は下の唇にしかお紅がさせませんので、お紅を上下にさせることは舞妓1年生の卒業を意味します。

いよいよプロとしてスキルが求められるようになる段階です。そのスキルは、「座持ち」という概念に集約されています。これからは一人前の舞妓さんとして能力を発揮することが求められるので、座持ちの力を伸ばすことが期待されます。そのため、今までとは質の違う厳しい言葉が投げかけられるようになります。

この段階におけるキャリアのゴールは、気づきと初心だと言えます。周囲からの指摘を受ける前に自分で気づくということと、そして、初心に返るということです。

『そのままほっとくのが恥ずかしいことや』

間違うことが恥ずかしいことではなく、それを認めず、反省もせず、そのまま放置することが恥ずかしいということです。

「すんまへん」と自分の失敗をその都度認めることは舞妓さんの基本中の基本ですが、新人時代を終えて少し仕事がわかるようになると、自分がした間違いがわかるようになります。そうすると、そんな情けない自分を自分で認められず、自分のミスをなかったものとして見逃してしまいたいという気持ちも強くなります。

また、指摘されたら「すんまへん」としおらしく謝ってしまえば事足りると思ったり、ときには原因をついつい他人のせいにしたりもします。このような姿勢は、努力を怠ることにつながります。また、周囲からのサポートも失うことになって、これからの歩みに大きな落とし穴を自ら掘ることになります。

間違いをなかったことにしたいという気持ちに流されずに、自分をきちんと客観視できれば、スキルの向上に弾みがついてキャリア形成の道筋も見えてくるのです。

『だれの手も借りてしまへん、みたいに思うたらあかんのえ』

一所懸命に努力することでスキルが上がることは、舞妓さんにとってとても大切なことですが、それが慢心を招くこともあります。これは人間の性なので、舞妓さんのだれもが通る道筋となっています。そのようなときのためにこの言葉があります。これによって1年前のことを思い出させ、だれが一から十まで教えてくれたのかということを再認識させます。

だれもが通るこの時期に、初心忘るべからずという思いを持たせよう、大事に見守ってあげようという周囲の思いがこの言葉には込められているのです。 

キャリア形成が順調に進んできたこの時期にこそ、周囲が的確なネガティブ・フィードバックをできるかどうかがポイントになります。

なお、ネガティブなフィードバックを行う際は、問題のある行動のみをきちんと指摘することが大切です。個人の性格を否定したり、行動をどう改善するのか指導できなかったりすると、若手人材と管理者との心理的距離が離れてしまいますので、注意が必要です。

3-5. ステップ5:髷(まげ)替え(舞妓さんになって3年目頃)

舞妓さんになって3年目ごろになると日本髪がかわいい「割れしのぶ」から「おふく」に変わります。これを「髷替え」と呼んでいます。舞妓さんとしては中堅となって後輩の面倒を見るなど、自分のこと以外に目配りができるようになることが求められます。

また、自分の能力の伸びもわかるので、主体的に能力形成に目覚めて、周囲から積極的にフィードバックをもらおうとする姿勢を確立することが、キャリアのゴールとなります。

したがって、より大きな役割を担うことを期待される言葉を周囲からかけられます。さらに、言葉をもらうだけでなく、自分自身の能力発揮を促すための言葉を自ら発するようになります。

『出たての人には、出たての良さがある』

後輩の舞妓さんを指導する立場になった舞妓さんに、置屋のお母さんがかけた言葉です。お座敷に出たての舞妓さんは何かと注目を浴びて大事にされる一方で、先輩はきちんと能力を発揮していてもそれが当たり前と周囲から受け取られて、なんだかしっくりしない気持ちを抱きます。

さらに、出たての舞妓さんは新人ですからスキルは足りないところだらけ。先輩としてはついつい厳しく対応してしまいがちです。そのようなときに、髷替えをした舞妓さんと出たての舞妓さんを単純に比較することを戒めて、ポジティブな見方で後輩に接するようにと教えているわけです。

ビジネスでもキャリアを積んだ先輩が未熟な後輩の欠点を見抜くのは簡単です。難しいのは、相手の良いところを見抜いて伸ばしていくことなのです。そのようなポジティブなアプローチが、若手にとって励みになるのです。

『姉さんが言わはる前に、うちが気いつかんと』

出たての舞妓さんがお姉さんから指導を受ける前に、自分でわかるような簡単なことは積極的に気にかけて、後輩の行動について教えてあげるのが、自分の当然の役割だ、と彼女は自覚しているのです。それができるためには、業務上求められる自分の役割を果たすだけでなく、後輩の様子をそれとなくいつも見ておくことが必要になります。

何かあれば他の人がフォローしてくれること、そしてそれがないとお座敷の仕事はうまく運ばないことを知っている舞妓さんは、後輩の行動を諭す責任を少しでも自分が担うべきだとわかっているのです。

置屋のお母さんやお姉さんをはじめ、今まで見守り続けてくれた周囲の人から、それなりのことができると信じてもらっているからこそ、このような対応が可能になるわけです。

だれか一人でも手を抜くと舞妓さんのイメージは崩れてしまいます。後輩が舞妓さんらしくあることが、舞妓という職業を選んだ自分が自分らしくあることにつながるという気概を持つようになったからこそ、自然にできることなのです。

3-6. ステップ6:舞妓の社長(舞妓を卒業するまで)

経験年数が最も長い舞妓さんは、「舞妓の社長」と呼ばれます。

もちろん年数だけなく、プロとしての技量と、舞妓さんたちを率いるリーダーシップも備わっているから、舞妓の社長と呼ばれるのです。明確な年齢制限はないものの、二十歳を過ぎると舞妓さんから芸妓さんに変わるか、この世界を離れるかというキャリア選択の大きな節目を迎えます。

そんな舞妓さんたちを置屋のお母さんもお茶屋のお母さんも先輩のお姉さんたちも、そしてお客さんも、彼女にとって幸せな道は何かを彼女自身が納得して決められるように見守り続けています。舞妓の社長と呼ばれる二十歳そこそこの舞妓さんは、自分自身や自分と周囲との関係性の中で育成されてきたことを理解し、今後の自分を磨くために手掛かりとなるような言葉を自らにかけることが多くなっていきます。

『一生、一人前になれへんのどす』

舞妓さん卒業の時期には、日本舞踊はある程度のレベルになり、美しさだけでなく一緒に踊る後輩舞妓さんにも目配りしながら技能発揮ができるようになります。

さらに、複数の舞妓さんを連れて写真撮影会に赴き現場を仕切るといったリーダーシップのスキル、海外出張で時差ボケなどまったく感じさせない笑顔で接客するといったおもてなしのスキルも、デビュー直後からは想像もできないほど身に付いています。

まさに高度技能専門職と呼んでもおかしくない舞妓さんは、いよいよ京都花街のプロ中のプロと目される芸妓さんへとキャリアの大きな節目を迎えることになります。そんな舞妓さんが語ってくれたのが、「芸事は、一生、お勉強せんならんのどす、芸妓さんになったさかいに、もっともっとお稽古、気張らんとあかんと思うてます」という、自ら目標設定を行い、そのために前向きに努力を続けていく気持ちをこめた言葉でした。

育成指導役のお姉さん芸妓や置屋のお母さん、見習い茶屋のお母さん、他にもたくさんの人たちに支えられてキャリアを歩めたことが、この段階の舞妓さんにはよく理解できています。だからこそ、いよいよ責任が重くなる次のキャリアの段階では、自ら努力する、周囲の支えの手を少し離れて歩みを進める覚悟が必要になることがわかっています。

今までの成長のプロセスを冷静に振り返ることで、自分の努力の結果も周囲の支えを客観的に見つめることができ、それをもとに自分がしたいことの本質を見極め、将来への希望を紡ぎだせるようになるのです。


4. まとめ

育成指導役のお姉さん芸妓、置屋やお茶屋のお母さんたち、お師匠さんたち、そしてお客さまなど、花街にかかわる立場の異なる複数の人たちの存在が、舞妓さんのキャリア形成に影響を与えています。

仕込みさんの頃は精一杯、舞妓さんになった当初は必死、少し慣れてくると慢心が出て、こうした人たちからまるでキャリアの伴走者のように見守られ、励まされ、ときには戒められて、一人前の舞妓さんへと育っていきます。

お座敷で後輩を諭す責任を担うようになると、自分の技能の未熟さを知り、キャリアを培ってくれた花街のネットワークの意味を理解し、その一員として受け入れられていることを感じ、感謝の心とともに、京都花街の一端を担う覚悟と気概を持つようになります。

未熟だった少女がモチベーションを維持しながらプロになる過程で、お母さんたちや先輩芸妓さんたちが人材育成のために惜しまず情を注いでいることが、節目の時期に応じた短い言葉の受け渡しから伝わってきます。

職場で働く若い人たちは、自分のことをごまかせない、そして未熟な自分を恥ずかしいと感じています。だからきっと、成長したい、何かに関してプロと呼ばれたいという期待を持っています。「今どきの若者は…」と言うのは簡単ですが、それではリーダーとして若い人の期待に応えることはできません。

京都花街が長年育んできた智恵に、人材育成のヒントを見つけてもらえると幸いです。

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