タフな上司を説得するための アサーティブ・コミュニケーションの世界

たとえ経験を積んだマネジャーであっても、 上司や取引先などのタフな相手を説得することは容易ではありません。職場での上司とのやり取りで、次のような経験をしたことのある方は多いと思います。

  • 何を言っても否定的で、自分の言いたいことが全然伝えられなかった
  • 予想外の質問をされて、パニックになってしまった
  • 業績低下の原因を説明しろと言うから説明したら、『言い訳するな』と言われた
  • 本音はNoだけど、不本意ながら相手に従わざるを得なかった

考えてみればこれは不思議なことです。例えば、マネジャーが上司に報告や提案をするとき、そのテーマについてはマネジャーが社内で最も詳しいのが普通です。一番の専門家なのに、なぜ上司を説得するのが難しいのでしょうか。専門家なので話の内容、つまり、What(何を言うか)に本質的な問題があるとは思えません。そうすると、問題は、How(どうやって言うか)にあると推定できます。つまり、タフな相手とのコミュニケーションをどのようにコントロールすればよいかが課題になるのです。これがアサーティブ・コミュニケーションの世界です。

本稿ではアサーティブ・コミュニケーションの考え方や技法をビジネスの現場に応用する方法についてわかりやすく説明していきたいと思います。

1. アサーティブ・コミュニケーションとは?

アサーティブ・コミュニケーションのルーツは、自己主張がうまくできない人に対するカウンセリングにあります。名称の元になっているassertという英語は「権利に基づいて主張する、自信を持って語る」といった意味です。手八丁口八丁で日常生活では自己主張にまったく問題がないビジネスパーソンも、タフな上司の前では自己主張がうまくできないことがあります。そのため、アサーティブ・コミュニケーションのアプローチがビジネスに応用可能であると言えるのです。

カウンセリングから発展したものなので、アサーティブ・コミュニケーションに決まった定義はありません。そこで、ビジネスパーソンをターゲットとする本稿ではアサーティブ・コミュニケーションを次のように定義します。

  • タフな相手とのコミュニケーションをコントロールする技術

ここにおいてタフな相手とは、直接的には上司を指します。上司とのコミュニケーションに苦労しているビジネスパーソンは多いと思いますが、この問題は個人の苦労に留まりません。仮に、上司の説得に失敗してあなたの提案が通らなかったとしましょう。それは、当該テーマについては社内で最も精通しているあるあなたの提案が採用されないということを意味します。会社にとって大きな機会損失が発生するのです。

2. なぜ上司を説得することが難しいのか?

対策を考えるためには原因の解明が不可欠です。そこで、上司とのコミュニケーションが難しい理由を解明することから始めましょう。

タフな上司とのやりとりが難しい主たる理由は、ゲームのルールが明確になっていないところにあります。それは囲碁や将棋を見れば明らかです。囲碁や将棋はゲームのルールが明確で、ルールの下に棋士は平等です。そのため、対戦相手が先輩だからといってゲームがやりにくいということはありません。勝負の結果については、先輩も後輩もお互いに納得できます。自分の着手についての不満は残っても、相手に対する不満を感じることはありません。ましてや、相手を非難するようなことは考えられません。

これに対して、上司と部下のコミュニケーションのルールは明確になっていません。具体的に言うと、ビジネスの課題を処理するための合意されたルールがはっきりしていないということです。ルールはその都度、臨機応変に設定されます。そうすると、権力を持つ上司がその場でルールを設定することになります。上司も人の子です。意識しようがしまいが、どうしても自分に有利になるようにルールを設定します。その結果、部下はハンデキャップを負った状態で上司とやりとりをしなければならなくなります。だから上司を説得するのが難しいのです。

もちろんビジネスは囲碁や将棋とは違うので、ルールを明確にすることは簡単ではありません。しかし、できない相談ではありません。例えば、上司を説得するときに、上司のほうから「これとこの点について事実に基づいた説明が聞けたらGoサインを出す」と言ってくれたらどうでしょうか。格段にコミュニケーションがやりやすくなるはずです。

ルールの役割を認識するためには、もう一方のタフな相手である取引先を見るとよいでしょう。相手が強面のタフネゴシエーターであっても、取引先とのやりとりのほうが上司よりもましなはずです。それは、商習慣や商売の「掟」といった客観的なルールがあるからです。どんなにタフな取引先も商売のルールには従う必要があります。それが一方的な暴走を抑制することになるのです。

ルールが決定的に大事なのは、コミュニケーションが楽になるだけでなく、価値のあるアウトプットを創造するためです。シリコンバレーが証明しているように、多様なアイデアをぶつけ合うことでイノベーションが生まれます。しかし、コミュニケーションのルールが共有されないと、上司と部下の間で多様なアイデアを自由にぶつけ合うことは難しくなります。上司と部下がコミュニケーションを通して価値のある結論を導こうとしたら、次のようなルールが合理的なはずです。

  • 自分とは異なる相手の意見に敬意を払う(頭ごなしに否定しない)。
  • お互いの意見をぶつけ合うために、発言時間は均等が基本。
  • よりよい結論を導くためにお互いに協力する。
  • お互いに納得できる結論で合意する(納得できなければ結論を出さない)。

このようなコミュニケーションのルールを確立することが理想でしょう。しかしながら、厳しい現実と折り合って仕事をしなければならないのが実務家です。そこで、客観的なルールが確立していない状況で、上司とのコミュニケーションをどのようにコントロールするかが現実的な課題となります。

3. 上司とのコミュニケーションを分析する

上司とのコミュニケーションがうまく行かないプロセスは次のようにモデル化できます。

  1. 上司と部下は異なる見解を持っている。(=イノベーションのチャンス)
  2. 上司が自分に有利なルールを設定し、それに従って部下とのコミュニケーションが行われる。
  3. 上司に有利なルールに従ってやりとりが行われると、上司の見解=正義 、部下の見解=邪悪、というポジションが形成される。
  4. 否定的なポジションに追い込まれると、人間にはネガティブな感情(恐怖、絶望、怒り、パニック、)が生じる。
  5. ネガティブな感情に支配されると、理性が正常に働かなくなる。
  6. 理性の機能が低下した部下は自分の見解をうまく主張することができなくなる。
  7. 最終的に、上司への説得に失敗する。(=イノベーションのチャンス喪失) 

ここで問題になるのが「上司にとって有利なルール」です。具体的には、次のような例が考えられます。いずれも上司が部下に言えても、部下が上司には言えないフレーズです 。

  • 「そんなことも調べていないのか」
    上司の指摘に対して部下が答えられないと、それがあたかも重要性の高い課題であるかのように評価する。(本当はそれほど重要ではないことが多い)
  • 「この前の結果はひどかった。今回もまた同じだろう」
    「実績主義」という美名のもとで、過去の成功を意思決定の条件とする。(未来の成功の鍵は過去のそれとは異なるのが普通)
  • 「それで本当に大丈夫なのか」
    リスクをとらない限りリターンはないにもかかわらず、ローリスク=ハイリターンを意思決定の条件とする。(官僚的保身)
  • 「そんな甘い対応でどうするんだ。真剣にやっているのか」
    客観的な評価ができないことを判断基準とする。(上司の主観で正邪が決まる)

このようなコミュニケーションが行われると、上司は常に有利なポジションを取って部下にプレッシャーをかけてきます。その結果、次のような構図が容易にでき上がります。

上司=正義 vs. 部下=邪悪 

これが悲劇を生みます。権力を持っている上司から邪悪と断定されてしまうと、部下は恐怖 を感じます。例えば、上司から自分の意見を一方的に否定されたり、厳しく非難されたりする状況です。恐怖に直面すると、動物としての防衛本能が優先的に働くようになっているのが人間です。そして、防衛本能が発動した動物の取る行動は、逃避です。ビジネスの現場でいうと、それは「本音はNoだけど、不本意ながら相手に従わざるを得なかった」という形で現れます。相手の攻撃から逃げるために、自分の主張を放棄したということです。

恐怖を感じた動物は逃避をしますが、逃げることができない状況もあり得ます。その場合は、最後の手段として捨て身の攻撃に出ます。同様のことがビジネスでも起こります。常識的に考えるとビジネスでは反論ということになりますが、上司に対してはそうなりません。なぜならば、答えられる質問であれば反論も可能ですが、答えに窮する質問をされるからこそ恐怖を感じるわけです。

恐怖に対する部下の典型的な攻撃は、「余計なことを言う」です。上司から答えに困るような質問をされたとしましょう。想定外の質問、あるいは否定的な含みをもった質問などが考えられます。模範的な部下は「上司の質問に対してはちゃんと答えないといけない」という強迫観念を持っています。経営会議などの大舞台ともなれば「答えられずに黙っているとレッドカードで一発退場」と信じているはずです。そうすると、パニック状態のまま「何か言わないとまずい」と反射的に行動します。これが部下による攻撃です。しかしながら、答えられない質問に対して何かを言うことになるので、意味のない回答になります。こうなると意地悪上司の思う壺です。意味のない部下の回答にさらに質問をぶつけてきます。こうして部下は蟻地獄に陥るのです。

なぜこの構図が悲劇かというと、本能で動く動物と違って、人間には問題を創造的に解決できる理性があるからです。その理性が恐怖によって作動しなくなるのです。上司と部下のコミュニケーションは価値を創造するチャンスなのに、そのチャンスが失われてしまうのです。したがって、アサーティブであるためには、恐怖に直面した際に、動物的な反応(逃避・攻撃)から人間的な反応(理性による問題解決)に切り替えができるかどうかがポイントになります。

4. タフな相手とコミュニケーションする方法

最もタフな相手である上司とのコミュニケーションにおいて部下が恐怖を感じることは避けられません。したがって、恐怖に対してどのように対処すればよいかがアサーティブ・コミュニケーションの課題になります。本能に抗うことをするわけですから、簡単に解決できる方法はありません。しかし、無防備な状態でコミュニケーションを続けることは決して利口とはいえません。次のような対応をすることによって事態を改善することが期待できます。

4-1. 恐怖を認める

まず、恐怖を認めることです。恐怖に直面した人に「恐怖を感じるな」と言っても意味がありません。それが人間の本能だからです。そのため、恐怖を認めようとしない強がった姿勢は逆効果になります。人間は本能から自由にはなれません。恐怖をひた隠しにしようとしていることは相手にバレバレなのです。下手をするとそれが相手の悪ノリを誘うことにもなります。「恐怖は感じるものだ」と心の準備をしておいたほうがパニックに陥るリスクをコントロールしやすくなります。

4.-2. 自分をリスペクトする

恐怖に対抗するためには、ある程度の強さも必要です。その強さの源泉として最も頼りになるのが自分に対するリスペクトです。

ヒト・モノ・カネというビジネスの3要素のうち、ヒトに関わるスキルであるソフトスキル(※)の基本となるのがリスペクトです。それは他者に対するリスペクトが中心的なテーマとなりますが、他者をリスペクトするためには自分に対するリスペクトも必要です。なぜならば、自尊心が低いと他人をリスペクトできないからです。
(※)ソフトスキルについては「AI時代を生き抜くためにリーダーに求められるヒューマンスキル」参照のこと

アサーティブ・コミュニケーションにおいて自分をリスペクトするとは、自分の意見が価値のあるものだという基本認識を持つことです。未知なる未来への挑戦であるビジネスにおいては、何が正しい意見なのかは誰にもわかりません。やってみて初めて何が正しかったのかが後になってわかるのです。したがって、議論を戦わしている段階で自分の意見に意味がないということはあり得ません。さらに言えば、社内で自分が最も詳しいテーマについて上司に話をするのです。自分の意見が採用されないと損をするのは上司であり、会社です。「本音はNoだけど、不本意ながら相手に従わざるを得なかった」というのは自分に対するリスペクトが足りないとも言えます。

4-3. 相手に質問をする

タフな相手に恐怖を感じることは避けられませんが、「恐怖 → 動物的な反応(逃避・攻撃)」という連鎖を断つことは可能です。そのためには、逃避や攻撃という反射的なアクション以外のアクションを用意すればよいのです。代替案がなければ反射的に動物的な反応に走るしかありません。しかし、有効な代替案があることが認識できれば、反応をコントロールできる可能性が生じます。そのためのアクションが「相手に質問をする」です。

タフな相手だからといって、いつも恐怖を感じるわけではありません。自信を持って答えられる質問に対して、恐怖は感じないはずです。恐怖を感じるのは、自信を持って答えられない質問をされたときです。上司からタフな質問をされて対応に失敗した人を何人も見てきましたが、そこには共通の現象が見られます。それは質問の意味や意図が理解できていないということです。質問の意味がわからなければ、自信を持って答えられないのは当然です。皮肉なことに、上司のご下問には即答しないといけないと思っているサラリーマンの鏡のような人ほど、無理に答えて撃沈してしまうのです。

そうすると、恐怖を感じたときは、相手の質問には即答しないで、質問の意味を尋ねるのが有効なアクションになります。これには相手の攻撃に対して防衛のための時間を稼ぐという側面もあります。ピンチのときはじたばたしないで一呼吸置くという、スポーツの世界の常識を実践するということです。

相手の質問の意味や意図を適切に理解するための質問については、いろいろな言い方が考えられます。望ましいのは、質問の中でよくわからなかった点について質問することです。

「ご質問の中のAについてですが、ご納得のいく回答をするためには、仰ったことを正確に理解する必要があります。自分の理解が足りないと思うので、もう一度説明していただけますか?」

想定外の質問で頭の中が真っ白になった場合は、特定すべきポイントもわからないので、次のように言うしかないでしょう。

「ご質問が十分に理解できませんでした。申し訳ありませんが、もう一度伺ってもよろしいでしょうか?」

もちろんこのような対応に対して、上司が攻撃的な反応を示すことは十分に考えられます。しかし、質問を理解しないまま答えれば、アウトになることは確実です。そうであるなら、トライしない理由はありません。

4-4. 自分の理解を確認する

自分の理解を確認するというのは、「相手に質問をする」の応用技術です。質問の内容が複雑で難解な場合があります。逆に、簡素すぎて情報量が足りないと感じる場合もあります。このような質問に対しては用心が必要です。「わからないので教えてほしい」と相手に質問することも可能ですが、一歩踏み込んで、質問の内容や意図を自分が適切に理解できたかどうかを相手に確認することもできます。つまり、タフな質問の内容や意図を理解できたと判断してすぐに回答をするのではなく、念のために適切に理解できたかどうかを相手に確認するのです。誤解したまま答えると確実にアウトになるので、それに対するリスク対策と言えます。確認する必要がなくても、あえて相手に確認してみるという老獪な対応もあり得ます。

具体的な対応は、相手の質問内容を自分なりに解釈して、自分の言葉で言い換えるのが基本となります。例えば、次のような言い方です。

「ご指摘されたCですが、それはD(=自分の言葉)という理解でよろしいでしょうか?」
「ご質問の意図をE(=自分の言葉)と理解しましたが、そういうことでよろしいでしょうか?」

コミュニケーションにおいては、よい聞き手になることが大事だと言われます。自分の言葉で相手に確認するためには、相手の言ったことをよく聞いていなければできません。したがって、「自分の理解を確認する」というアクションは相手の意見をリスペクトし、よい聞き手であることを相手に示す具体的な行動になるのです。

4-5. 相手の言ったことだけに答える

相手の言ったことだけに答えるというのは当たり前のように思うかもしれませんが、意外にこれができないものです。恐怖を感じて過剰反応するケースや、期待に応えようとしたり、自分の優秀さをアピールするためにハッスルし過ぎるケースで見られます。よくある現象を挙げると次のようになります。

  • 一を聞いて十を答えようとする
  • クローズドクエスチョンなのにYes/Noで答えない
  • 事実を聞かれているのに意見を言う
  • 聞かれていないことを言う

例えば、先月の販売予算が未達だったとしましょう。そして経営幹部から「先月の売り上げは目標を達成したのか?」と聞かれたとしましょう。そうすると、間髪を入れないで達成できなかった正当な理由を説明しようとする人がいます。気にしている点を突かれると、「ヤバい!」と恐怖を感じ、反射的に対応してしまうのです。ところが、この質問は5W1Hを問うオープンクエスチョンではなく、Yes/Noを問うクローズドクエスチョンです。したがって、聞かれたことに答えるとしたら、回答はNo、つまり「達成しませんでした」しかありません。

しかし、「幹部がそのような質問をしてきたのは意図があるはずだ。おそらく原因を知りたいに違いない」と忖度して、聞かれていないことを答えてしまうのです。もちろん、達成できなかった理由を問われる可能性はあります。しかし、幹部はそれよりも巻き返しの戦略を聞きたいのかもしれません。売上アップを支援するために、営業要員の増強を検討してくれているのかもしれません。聞かれたことだけに答えておいて、相手の出方の様子を見るのが大人の対応といえます。

確かに「一を聞いて十を知る」が能力の高さのアピールになることは間違いありません。仮に「われわれの提案に対して客は何と言ったのか」と営業部長に聞かれたとしましょう。これはオープンクエスチョンなので、回答としてはいろいろなことが言えます。しかし、一の質問に十の回答をすると、上司が本当に聞きたいことにフォーカスしなくなる危険性があります。さらに、手を広げ過ぎると、とんだ藪蛇になることもあります。一を聞かれたらそのことだけを答えればよいのです。この場合で言えば、客が言ったことを回答するのが正解です。

さらに言うと、この質問は「客が言ったこと」という事実を聞いています。したがって、事実について答える必要があります。しかし、幹部の聞きたいことを忖度して、商談がうまく行きそうかどうかについて答えてしまうことがままあります。そうすると、事実を知りたい上司はイライラすることになります。

タフな相手はさまざまなクセ球も投げてきます。それが自分の抱える不安や心配な点をヒットすると、恐怖を感じて過剰反応をしてしまいます。その結果、聞かれていないことまで言ってしまうのです。その結果、上司から「そんなことは聞いていない」と言われて、さらに追い込まれることになります。相手のほのめかしに誘導されるではなく、相手の言ったことに答えればよいのです。そのためにも、相手の言ったことをよく聞く必要があるのです。

「よく聞け」というアドバイスに潜む2つの罠

コミュニケーションをテーマにしたものを読むと、決まって「相手の言っていることをよく聞きましょう」と書かれています。その通りなのですが、そこには恐ろしい罠が潜んでいることを忘れてはいけません。

一つ目の罠は、それが出来たら苦労しないということです。実は、相手の話を聞くことは簡単ではありません。話を「聞く」ためには、その内容についてのある程度の知識や経験が必要になります。知識や経験がないと、どんなに相手の話を聞きたくても、聞けないのです。筆者の場合で言うと、実務経験がある営業の話についてはある程度「聞く」ことができます。しかし、「アジャイル」とか「スクラム」といったシリコンバレー的な話になると、聞く気持ちは満々なのですが、頭 がついていきません。話は素通りするばかりです。

このような現実を認識すれば、「質問の意味がよくわからなかったので、もう一度わかりやすく説明していただけますか?」と相手に質問を丸投げすることは実に理に適っています。ところが、ここにもう一つの罠が待ち受けています。それは、自信がないと質問ができないという人間の性です。質問に対して答える自信がない場合にこそ、相手に「聞く」必要があります。ところが、自信がないと「そんなことを聞いたら間抜けだと思われるのではないか」とビビッてしまいます。恐怖を感じて質問ができなくなるのです。

したがって、「よく聞け」というのは、知識と恐怖心という2つの壁を乗り越えなければならないとてもチャレンジングなアドバイスなのです。事態は絶望的のように見えます。

 しかし、救いもあります。それは、自分がビビっていることは相手にお見通しということです。自分がタフな質問をぶつけたときの部下の反応を思い出せば容易にわかると思います。相手にはすでにバレているのです。バレている以上、遠慮は無用です。堂々と相手に聞けばよいのです。わからないことを放置して質問をしないほうがよっぽど相手に不信感を持たれるのです。それは相手に対するリスペクトに欠ける態度といえるでしょう。

4-6. 答えられないことには答えない

最善の努力を尽くして相手の言っていることが理解できても、答えられない場合があります。その場合の対応は、「答えない」ということになります。答えられないことに答えてしまうとアウトになるのは確実です。したがって、オプションは「答えない」しかないのです。「答えない」には2つのタイプがあります。一つは、「下山する勇気」です。もう一つは、「穏やかに無視」です。

上司のご下問に答えられないのは、自分の調査不足や力量不足が原因ということもあります。この場合、相手を説得することはできません。相手を説得できる条件をクリアできるときもあれば、できないときもあるのがビジネスです。「今回は相手を説得できない」と判断して、山を下りる決断ができることもビジネスでは大事な能力です。捲土重来を期して次のチャンスを待ちます。

答えられない原因が自分にない場合は、「この質問に答えられる人間は世の中にいるのか」と自分に問いかけてみます。答えられない質問の多くは、誰にも答えられないものです。例えば、「その戦略でやって、本当に目標通りに売れるのか」というような質問です。将来の売り上げを正確に予測できるのは神様だけです。このような場合は、そもそも質問に答える意味がないので、相手の質問を穏やかに無視します。例えば次のような言い方が考えられます。

「それについてはわかりません」
「それについてはご納得のいく回答が私にはできません」

そして、改めて本題についての自分の意見を粘り強く主張します。「本当に売れるのか」の問いはスルーして、売るための戦略について主張するのです。そのテーマについては自分が社内で一番詳しいということを忘れてはいけません。もちろん誰にも答えられない質問に答えられないとアウトという理不尽なこともあるでしょう。その場合は、山を下りるという判断をするまでです。

5. まとめ

上司をはじめとするタフな相手とのコミュニケーションはうまく行くときもあれば、行かないときもあります。相手に有利なルールで戦うわけですから、うまく行かないことが多くても不思議ではありません。勝負は時の運です。大事なことは勝負の女神に微笑まれるように次のチャンスに備えることです。そのためには、タフな相手とのコミュニケーションを振り返って、アサーティブな態度をとれたかどうかを自己評価することが大切です。

まず、自分をリスペクトしてください。自分の主張と行動を決める権利は自分にあります。他人に決める権利はないのです。そのような観点からタフな相手に対して納得できるコミュニケーションができたかどうかを振り返ります。結果は思い通りにならなかったとしても、アサーティブな対応ができれば自尊心を維持することはできます。

次に、相手に対するリスペクトです。自分の主張を決める権利があるということは、相手にも同じ権利があるのです。したがって、相手に対するリスペクトが求められます。どんなに見解が違っていても、相手の意見を尊重しなければなりません。そのためには、相手に対してよい聞き手になる必要があります。よい聞き手であるために、相手に対して適切な質問ができたかどうかを振り返ります。

動物の本能ではなく、人間の理性を使ったコミュニケーションを心掛ける。これがアサーティブ・コミュニケーションです。タフな相手のペースに巻き込まれないで自分の言いたいことを言うために、アサーティブ・コミュニケーションのアプローチが参考になると思います。

山本 和隆
経営コンサルタント
ジャパンインターカルチュラルコンサルティング日本代表
ライトワークス取締役
旭硝子、モトローラ㈱ 経営戦略部長、フューチャーシステムコンサルティング㈱ ディレクター、Rhodia Electronics & Catalysis General Manager、スミダ電機副社長などを経て現職。
一橋大学経済学部卒、シカゴ大学経営大学院修士課程修了(MBA)。
主な著書に「新版 グロービスMBAファイナンス」(ダイヤモンド社)、「ファイナンス入門講義」(日本経済新聞出版社)、「MBA式考える文章術」(東洋経済新聞社)、「経営戦略」(ファーストプレス)などがある。 

<参考文献>
Your Perfect Right Tenth Edition, R. Alberti & M. Emmons, Impact Publishers, 2017
日本語訳は第9版、「自己主張トレーニング」、東京図書、2014年
「うまくいく人」の頭のいい話し方、マニュエル・J・スミス、徳間書店、2005年
Entitled To Respect, Suzanne & Conrad Potts, How To Books, 2010
Assertiveness, Judy Murphy, Createspace Independent Publishing Platform, 2011

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