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女性活躍を阻むアンコンシャス・バイアス2 偏見を乗り越えるには

女性活躍推進を本当の意味で機能させるには、「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)」に対する認識とその具体的な対応策が不可欠です。

前回「女性活躍推進を阻むアンコンシャス・バイアス1 男女の違いは脳ではない」では、男性と女性の違いはよく言われる「脳の構造」にあるのではなく、私たちを取り巻く社会的環境や文化が生み出していると解説しました。私たちが「無意識」のうちに環境から受けた影響が「偏見」を作り、その偏見が社会的環境となって再び私たちのものの考え方や価値観に影響を与えているのです。

この「無意識の偏見」は、性別、年齢、国籍、あるいはリーダーのあるべき姿といったものまで、さまざまなものに対する見方・考え方に伴って生じます。そして、女性に対する無意識の偏見は特に複雑な要因をはらんでいるため、余計に注意が必要です。

こうした「無意識の偏見を乗り越えるにはどうすればいいのか」を考えることが、女性活躍推進、ひいてはダイバーシティの実現に非常に重要なヒントを与えてくれます。

本稿では、私たちが知らず知らずのうちにとらわれているこの「無意識の偏見」から解放され、真のダイバーシティを実現するために、何を認識し、何を実践していけばよいのかを解説していきます。


1.  無意識の偏見の弊害

「無意識の偏見」は、人間が誰しも持つ「ステレオタイプ」から発展した偏見が無意識化したものと言えます。特に女性に対する無意識の偏見には、「敵対的性差別」と「慈善的性差別」という2つの種類があり、女性活躍推進を阻む厄介な原因となっています。

この問題に詳しい社会心理学者のスーザン・フィスク教授(米国プリンストン大学)の説を元に、ひも解いていきましょう。

1-1. ステレオタイプ、偏見(バイアス)から無意識の偏見へ

前回のおさらいになりますが、「ステレオタイプ」とは、ある社会的カテゴリーに属する人たちが共通して持つ一定の特徴に対する信念であり、それ自体は良い悪いの問題ではありません。

「インド人は数学が得意」といった肯定的なものや「大阪のおばちゃんは必ず値切る」といった「あるある」的なものなど、その種類はさまざまです。「イタリアではスリが多い」というネガティブなステレオタイプも、「だからローマを観光するときは決してかばんを手から放さない」という適切な行動につなげることで、実は私たちにとってプラスに作用します。

しかし、たとえば「ラテン系の人々は怠け者だ」というステレオタイプは、偏ったものの見方、つまり「偏見(バイアス)」になるので要注意です。これによって「だから雇うときはやってもらうべき職務内容を明確化しよう」となればまだしも、「だからラテン系の人を雇うのはやめよう」となってしまったら、それは明らかに人種「差別」になります。

ラテン系であろうとなかろうと、生来勤勉な人もいれば怠けがちな人もいます。にも関わらず「ラテン系」と十羽一からげに判断し、最初から機会を与えないことは、相手はもちろん自分(自社)にとっても大きな損失になりかねません。

ステレオタイプや偏見は、その人の内にある「認知」や「感情」なので、そう思っていても表に出さない限り波風は立ちませんが、差別は「行動」として表に現れ、しかもそれが不平等なものであることから、社会的に問題となります。つまり、「偏見」は具体的な「差別」行動に発展することで、明らかに「悪い」ものとなってしまいます。

そうした偏見が無意識のうちに身について、知らぬ間に自分の言葉や行動の端々に出て来てしまうのが、「無意識の偏見」なのです。

社内で女性活躍推進の旗振り役を担う男性が、たまたま自分の奥さんは専業主婦でいてほしい、と思っていたとしても、それは個人の好みや夫婦間の問題です。ところが、そうした好みを無意識のうちに女性一般にまで当てはめて「女性は家にいるべき」「家事や子育ては女性がやるべき」と思い始めた途端、それは「偏見」へと変わってしまいます。こうした偏見を抱いていたとしたら、男性の部下が育休を取ることに違和感を覚え、申し出た部下に対して思わず眉をしかめる、といった行動に現れてしまうかもしれません。

「無意識の偏見」は、無意識だからこそ非常に厄介なのです。無意識のうちに眉をしかめるのですから、自分では気づきようがありません。誰かに指摘されない限り、そういう偏見を持っていること自体を意識できず、意識できなければ、直しようがありません。

また、無意識の偏見は、男女に関わるものに限らず、人種や年齢、学歴や貧富に関わるものなどさまざまです。「近頃の若い者は……」という古今東西よく使われる常套句は、おそらく言っている本人も年齢に関する「偏見」だと薄々気づいているでしょうから、まだ救われます。ところが、たとえば中途入社で入ってきた上司が、実は年下だと分かった途端、つい敬語を使わなくなったり横柄な態度をとってしまったりすると、それは「無意識の偏見」から来るものかもしれません。

1-2. 2種類の性差別-敵対的性差別と慈善的性差別

しかし、現在のビジネスの世界で最も注意を要するのは、女性に関する「無意識の偏見」です。というのも、女性に対する無意識の偏見には、ほかの偏見とは異なる複雑さをはらんでいるからです。

女性に対する性差別には、実は2つの種類があります。

1つは「敵対的性差別」と呼ばれるものです。これまで例示してきたように、多くの人は「女性は家庭に入れ」「家事や子育ては女性がやるもの」といった、太古の昔の洞窟時代の男女の役割分担をそのまま引きずったステレオタイプに縛られています。その信念から逸脱し、男性と肩を並べて頑張って家庭の外で働く女性がいると敵対視してしまう偏見が「敵対的性差別」に当たります。
「女性はちょっと叱るとすぐ泣くから困る」
「女性は会議でも感情的な意見ばかり言って場を乱す」
「出世した女性は『女性の武器』を使ったに違いない」
こういった考え方は、「思い描く女性像」から逸脱した女性に対する敵意のこもったネガティブな見方と言えるでしょう。

もう1つが「慈善的性差別」と呼ばれるものです。こちらは、ステレオタイプが一見好意的な考えや親切な行動につながる場合です。
「女性は機械オンチだから、PCの設定はこちらでやってあげよう」
「子育て中の女性には負担をかけないよう、仕事の量は減らしておこう」
「女性は気配り上手だから、アシスタント業務をやらせたらピカイチだ」
一見ジェントルマンシップに満ちた、女性に対するサポーティブな態度に見えますが、実はここに大きな落とし穴があるのです。

1-3. 慈善的性差別を受け入れるデメリット

では一体、慈善的性差別はどこがどうまずいのでしょうか。フィスク教授によると、慈善的性差別は2つの点で女性の潜在力が削がれかねないと言います。

(1)成長機会を失う
まず、過保護扱いを受けるうち、ワンランク上の仕事へのチャレンジがなくなり、結果的に成長機会を失う、という点です。

新日鐵住金会長の宗岡正二氏によると、その昔、会社の採用試験で米俵を担いで走らせ、その順位で合否を決めていたとのこと。当然現場の女性社員はいませんでした。しかし近年ロボットの導入などで現場の自動化が進み、女性の採用、現場への配属が増えており、2016年新卒の女性割合が2割近くに達したそうです。米俵や鉄骨運びはいざ知らず、今日日、女性の体力では絶対に無理な仕事など、ごくごく稀ではないでしょうか。

さまざまな職場への女性進出を阻む一番のネックは、今や男女の体力差ではなく、「女性にそれをやらせるのは酷ではないか」「きっと女性には無理だろう」という思い込みです。女性への気遣いのつもりで、「実はやればできる」ことにチャレンジする機会を最初から与えず、女性の成長の芽を摘み取ってしまうのです。そうした慈善的性差別を受けるうちに、女性の側も、チャレンジ精神を失ってしまいかねません。

(2)能動性を失う
もう1つは、「手取り足取り手伝ってやる」ことで、女性自らスキルや能力を学ぶ能動性が失われるという点です。

筆者がソニーに勤めていた頃、ちょっとでもPCの調子がおかしくなると、即座に隣の課の男性を呼んで直してもらっていました。自分でOSをいじろうなどという大胆な発想は皆無で、とにかく丸投げ。機械オンチの私は男性社員に頼り切りでした。

ところが、会社員を辞めて独立した途端、頼れる男性社員はどこにもいません。仕方なく、嫌々マニュアルを読み、ときにはヘルプセンターに電話してあれこれ指示を受け、どうにかこうにかPCを操り続けています。やればできるのに、私自身が能動性を失っていたことを思い知らされました。

PC修理に限らず、女性に頼られるとイヤとは言えない心優しき男性は、つい「手取り足取り」手伝ってしまいます。これが男性の同僚や部下なら「オマエ、少しは自分でやれよ」と突き放すところでしょう。しかし女性に対する優しさが仇となり、女性をいつまでたっても自分でPC修理ができない依存体質にしてしまいかねないのです。

このように、慈善的性差別によって女性は成長機会を与えられず、スキルを学ぶ能動性も失われ、無意識のうちに自信を失い、「自分では何もできない」と思ってしまいます。

つい人に頼りたくなり、頼れば親切にされるからますます自分で果敢にチャレンジすることがなくなり、場数を踏まないせいでパフォーマンスも上がらず、そうするとさらに自信を失い……というネガティブスパイラル。その結果、「やっぱり女性はダメだね」ということになってしまうのです。

1-4. 慈善的性差別を受け入れないデメリット

いやいや、今どきそんな消極的なしおらしい女性はいませんよ、と言われるかもしれませんね。たしかに、慈善的性差別で親切に手を差し伸べてくれる男性に対して、「いえ、自分でやりますから」と断れることのできる、自立心旺盛な女性も少なくありません。

しかしフィスク教授は、この点でも、慈善的性差別の問題の根の深さを指摘します。慈善的性差別にはっきり「No」と言える女性は、多くの場合「せっかく手伝ってやろうと言っているのに……」というように、相手の男性の不興を買い、「あいつは生意気なヤツだ」「可愛げがない」というネガティブな評価を得てしまう、というのです。

つまり、慈善的性差別を受け入れる女性は、優しく扱われて成長機会を与えられないがゆえに、知らず知らずのうちに自信を失い、パフォーマンスを下げてしまう。一方、受け入れない女性は、「生意気」「可愛くない」といったネガティブな評価を受け、結局登用されなくなってしまう。どちらに転んでも、「女性活躍推進」とはとても言い難い状況に陥ってしまうわけです。

しかもそれが、女性活躍を邪魔してやろうといった悪意からでは決してなく、むしろ働く女性を応援しよう、という男性側の好意から来ているのです。優しさが裏目に出かねないところに、慈善的性差別の一筋縄ではいかない根の深さがあるわけです。


2. ダイバーシティを阻む無意識の偏見と慈善的差別

ここまで、女性活躍を阻む厄介な無意識の偏見や慈善的性差別について、詳しく述べてきました。しかし一歩引いて考えてみると、慈善的「差別」は「性差」に関わるものだけなのでしょうか?

「近頃の若い男性はガッツがなく、目線が低い」
「外国人社員は、自己主張ばかりしてチームワークというものを知らない」
「パートタイム社員は言われたことだけやればいいと思っている」
これらの偏った見方も同様に、敵対的差別と呼べるでしょう。こうした差別的な考え方が、無意識のうちに組織の中の見えない壁を立てる原因になっていませんか?

逆に、「ゆとり世代の若者は叱られ慣れていないから、とにかく褒めて育てなければ」と、腫れものに触るように接したり、「パートタイムの社員に責任ある仕事を任せるのは忍びない」とやる気がある人に定型的業務しかさせなかったり、「日本語が苦手な外国人社員は、可哀想だから会議に出さないほうがいい」と、気を遣って会議に呼ばず、疎外感を助長させたり。これらはまさに慈善的差別と言えるのではないでしょうか。

無意識の偏見や敵対的/慈善的差別は、男性と女性とのことだけに限りません。日本人vs.外国人、自分と同世代vs.それより若い(あるいは年長の)世代、正社員vs.非正規社員などなど、「自分と似ている人たちvs.そうでない人たち」、というカテゴリー分けをした瞬間から、無意識の偏見は萌芽します

自分たちと違う特徴が抽出されて「ステレオタイプ」が生まれ、それがやがて偏見となり、場合によっては敵対的/慈善的差別に発展していきます。よかれと思って行ったサポートが裏目に出て、相手の潜在力を発揮させる機会を奪いかねず、結果的に組織全体のパフォーマンス改善にマイナスの影響を与えてしまうのです。

これが、ダイバーシティ推進を阻む最大の要因かもしれません。


3. 真のダイバーシティ実現に向けて

さまざまな社会的側面で生じる無意識の偏見や敵対的/慈善的差別の弊害をなくし、真のダイバーシティを実現するには、どうしたらよいのでしょうか?

3-1. 偏見の存在を認識する

脳科学者の池谷裕二氏が、いみじくもこんな名言をおっしゃっています。

「脳には『自分にはバイアスがない』というバイアスがある」

自分は偏見(バイアス)など持っていない、と思うこと自体が、立派な偏見なのです。

ですから、自分では具体的にどんな「無意識の偏見」なのかわからないけれども、外から見たら明らかに「偏見」と思われる「偏ったものの考え方」を持っているのだ、とまず認識することが第一歩です。

言い換えれば、組織としてダイバーシティを推進するには、まずそのメンバー全員に「無意識の偏見」というものの存在を知らせ、それを誰もが例外なく持っているのだということを認識してもらうところから始めましょう。その上で、組織にとってマイナスとなる「無意識の偏見」の具体的な内容を、一つずつ例示していきます。

先般の財務次官のセクハラ問題の根幹には、ある意味、女性記者に対してあんな発言をしても許される、という「無意識の偏見」があったのではないかと思われます。その後、財務省でセクハラ研修が行われ、講師の弁護士が「財務省の感覚と世の中の常識が非常にズレている」と述べたそうです[1] 。まさに「自分の常識は世間の非常識」、客観的立場から具体的に指摘していくことで、意識化していってもらうしかないのです。

また、慈善的(性)差別に関しては特に、よかれと思ったサポートが裏目に出ることがある、という意外な落とし穴の存在を周知し、注意喚起することが重要です。

[1]財務省でセクハラ研修 講師「世の中の常識とズレてる」(朝日新聞2018年5月9日)
https://www.asahi.com/articles/ASL593R84L59ULFA009.html

3-2. 「違う」ことを認める

セクハラのように明らかに間違った「無意識の偏見」は是正してもらうしかありませんが、一概に「正しい、正しくない」と言えないものの考え方については、どうすればよいでしょうか。

「近頃の若者は根性がない」という考えも一種の偏見ですが、偏見と認識したからといって、「やはり男は元気一杯、ど根性で頑張るべき、と思うことまでやめろ」というわけではありません。上昇志向をよしとするのはあくまで個人的な価値観であり、自分が大切にする価値観を曲げる必要はないのです。大切なのは、「自分と違う価値観を持つ人間が、世の中には存在する」と認識し、自分の価値観を相手に無理に押しつけないことです。

同じ会社に所属し、同じ釜の飯を食う仲間同士、同じ価値観を共有したい、共有できるのが一番、という気持ちは、多かれ少なかれ誰しも持っているのではないでしょうか。しかし、取り巻く環境の変化のスピードが加速し、入手できる情報量がものすごい勢いで増えていく中、ものの考え方や価値観の多様化は進む一方です。
仕事でもスポーツでも一定の根性は必要ですが、自分たちの育った年代とは根性の意味付けや鍛え方が変わったのだという点を素直に認め、それを踏まえた上でどうすればうまく働いてもらえるか、という作戦づくりにチャレンジしてみてはいかがでしょうか。さらには、自分と違うものの考え方に接することを楽しんでみることができると、なおよいと思います。

私の友人で、40代半ばでフランス人男性と結婚した女性は、食事にかける時間や週末の過ごし方はもちろん、日常の何気ない会話の受け答えさえ、お互いの考え方の違いにいちいち直面したそうです。そんなとき、「日仏文化摩擦」を勃発させる代わりに、彼女はあえて「お~、そう来るか!」と面白がってみたというのです。

この方法は、ビジネスの上でも応用できそうです。
たとえば単調な事務仕事を長時間続けることができず、「オレ、根性ないっすから」と開き直る部下がいたら、「だったら、根性鍛え直してこい!」と激昂するかわりに、「お~、そう来るか!」とまず心の中で受け止め、眉をひそめるような素振りをしないように注意しながら、「だったら、根性がなくても片づけられるよう業務改善の工夫を考えてみてくれ」と笑顔で切り返してみるのも一案かもしれません。

3-3. 過度な一般化をしない

自分と違う価値観を持つ人に対する偏見に関して、もう1つ大切なのは、「過度な一般化をしない」ことです。

よくありがちなことですが、若い人の「根性のない」発言や態度を2、3回目撃しただけで、「近頃の若い者は……」と拡大解釈し、「一般化」していないでしょうか。一度偏見を抱くと、無意識のうちに若者の根性なしの態度ばかりに目が行くようになり、「若者は根性がない」という印象が自分の中でどんどん正当化されていきます。心理学では、これは「確証バイアス」(自分の信念を確証する証拠を探し、そうでない証拠を無視する)と呼んでいます。確証バイアスによって、その偏見は自分にとって正真正銘の「事実」となり、まさに無意識の偏見として凝り固まってしまうのです。

小さな子どもが数の数え方を覚えるとき、最初のうちは3つくらいまでしかわからず、「1、2、う~んと、3、その次は、……たくさん!」と開き直ることがあります。大人になれば、3の次をいきなり「たくさん」とは言わないでしょう。ほんのわずかの見聞きから「過度な一般化」に走らないこと。あなたは大人の冷静さと客観性を身に付けているはずです。「最近の若者は……」と頭をよぎった段階でストップし、あくまで個別に対処しましょう

言い換えれば、人間を安直にカテゴリー分けしてしまう誘惑に負けず、「人は一人ひとりみんな違う」という認識を肝に銘じることが、私たちに求められているのです。

3-4. 「共通点」を見つける

人それぞれが「違う」ことを認めることは非常に大切ですが、そこで終ってしまうと、みんながバラバラとなり、組織としてのまとまりがなくなりかねません。それではチームワーク力を発揮してパフォーマンスを上げることが難しくなってしまいます。

そこで重要なのは、それぞれ違う考え方や価値観を持ったメンバーを一つにまとめる「共通点」、すなわち、組織としての目的、理念、を設定することです。

自分たちはそれぞれ違うけれども、同じ共通の目的を実現するために協力し合おう、そのためにこの組織に属しているのだ、「人は違うけれど目標は同じ」なのだ、とお互いに思える、そんな強力な「共通の目的」を分かち合うことができる組織こそが、緊密なチームワークと高いパフォーマンスを実現できるのです。

3-5. クォータ制の必要性

ここで、女性活躍推進にからんでよく議論になる「クォータ制(Quota System)」について触れておきます。クォータ制とは男女平等を実現するために、取締役や管理職などのポストに一定数の割合の女性を配置する制度です。国会の女性議員数でもよく話題になっていますよね。

内閣府が掲げる「2020年までに、社会のあらゆる分野における指導的地位に女性が占める割合を少なくとも30%程度にする目標」に呼応するかたちで、多くの企業や官庁では、女性管理職の割合についての数値目標を設定し、その実現に向けて女性活用を鋭意進めています。しかし、管理職のなり手となる女性がなかなかいない、という悲鳴がそこここで上がっているようです。男性に比べて管理職になりたがる女性が少ないのは、男女の脳の違いではなく、私たちを取り巻く社会的環境の中のさまざまな「無意識の偏見」であることは前編で説明しました。

ところが、そのような現実の中でクォータを満たすため、実力不足の女性を無理やり管理職に引き上げてみると今度は周囲のやっかみを買い、昇進した女性自身が不必要なストレスや自信喪失に見舞われることも少なくありません。こうした実情を見た男性管理職は「やっぱり女性には無理なのだ」と女性登用に消極的になり、かたや女性も「やっぱり昇進してもろくなことがない」と尻込みし……、というネガティブスパイラルに陥る例は、いろいろなところで聞かれます。

やはり「クォータ制」には無理があるのでしょうか。そもそもなぜ「30%」でないといけないのでしょうか。

スイスのビジネススクールIMDでリーダーシップ教育に携わっているギンカ・トーゲル教授によると、組織内の割合が15%を下回る少数派は、「トークン(象徴の意味)」と呼ばれます。女性管理職の中には、社内会議で紅一点、といった状況が日常茶飯事という方も多いのではないでしょうか。それがまさに「トークン」の立場です。

そういう場で、少しでも空気を乱すようなストレートな発言をしようものなら「だから女は……」と言われかねません。目立ってしまうことによって前述の「過度の一般化」が行われ、たった1人の振る舞いが、女性全般の傾向とみなされかねないのです。トークン現象は、女性に限らず、国籍でも年齢でも、あらゆる社会的カテゴリーの人が少数派である場合に生じます。

しかし、少数派の比率が全体の4分の1ぐらいになると、たとえば女性の中にもいろんな人がいることが明らかになってきて、「女性といっても一人ひとりみんな違う」という認識が組織内に芽生えます。そして3分の1を超える頃には少数派という意識が自然となくなり、属性の違いを気にしない文化が形成される傾向にあることが研究の結果からわかっています。35%というラインが、そうした状態を作り出すために最低限必要な閾値(ティッピング・ポイント)だと、トーゲル教授は言います。

だからこそ、「30%程度」という内閣府の数字は意味があるのです。

とはいえ、数字だけが一人歩きして、実態とかけ離れた目標を掲げることは本末転倒です。そもそも女性従業員割合が全体の3割以下なのに管理職を30%にするとか、工学部卒の女性が15%しかいないのに技術職も事務職と同様女性割合を半分にするといった無茶な目標を追求しても、偏見のネガティブスパイラルが起こるだけです。この場合は、内閣府の目標を視野に入れたうえで、まず女性の採用枠を増やし、実力に見合った女性を管理職に当てて行くという、ステップバイステップの現実的なアプローチが必要です。

加えて、組織メンバーの意識を変えて、安易なカテゴリー分けやトークン現象(過度の一般化)から脱却するには、単に人数を増やすだけでは片手落ちです。人は、少数派と単に接触するだけでは、かえって反発感情を刺激して対立が深まる危険があることが、社会心理学の実験で明らかになっています。それを防ぐには、多数派と少数派の両方に対する事前の「認知的訓練」が必要です。

多数派に対して、これまで述べてきたような男女差の生じる理由や無意識の偏見、敵対的・慈善的(性)差別の存在などを全て論理的に説明し、違うことを認め合いつつ共通の目標を追求する仲間だという連帯意識を鼓舞してもらいます。さらに真のダイバーシティ実現のために35%のティッピングポイントを超えないといけないことを理解してもらう。これが認知的訓練です。


4. まとめ

女性、外国人、若年層や中高年層、非正規社員など、組織における「少数派」と一丸となってダイバーシティを進め、組織として持てる力を最大限発揮してパフォーマンスを向上させるには、深いレベルでの意識改革が不可欠です。

私たちは、太古の昔から性差や年齢、人種・民族などに関するさまざまなステレオタイプを培ってきました。それによって相手を即座にカテゴリー分けし、カテゴリーに応じて適切と思われる対応をとることができました。しかし場合によっては、過度な一般化をし過ぎたり状況変化に気づかなかったりして、偏見となる場合も出てきました。そうした偏見に基づいて、結果的には適切とは真逆の不平等な行動をとること。それが差別です。

差別にも、悪意に近い「敵対的差別」と、反対に相手に配慮しすぎることから成長を妨げてしまう「慈善的差別」とがあります。特に後者は、親切心から端を発するため、厄介です。配慮し過ぎて過保護になり、結果的に相手の成長機会を奪ってしまうことのないよう、どのようなサポートが真の意味で相手のためになるのか、意識して考え、行動することが大切です。

また、自分との違いを一般化せず、昔とは時代も環境も変わったことをしっかりと認識したうえで、余裕を持って、むしろ楽しみながら相手の言動に対応することも大切です。

さまざまな切り口から少数派は生まれます。しかし、組織に所属する以上、自分たちが共通して目指す目的は一つです。そのためには、自分の意識改革だけでなく、多数派に属するメンバーに対しても偏見を改める「認知的訓練」が必要となります。それこそ「脳」の無意識のレベルまで掘り下げて、私たちの認知自体を変えていくことが大切なのです。

>>女性活躍を阻むアンコンシャス・バイアス1 男女の違いは脳ではない

<参考文献>
・「脳の未来を考える~無意識と人工知能~」 池谷裕二 2017年6月7日講演
・「紛争解決の社会心理学」 大渕憲一編著 ナカニシヤ出版 1997年
・「ファスト&スロー」 ダニエル・カーネマン ハヤカワノンフィクション文庫 2014年
・「Understanding Sexism: Automatic & Ambivalent」 Suzan T. Fiske 2017年3月17日 筑波大学講演
・「女性が管理職になったら読む本」 ギンカ・トーゲル 日本経済新聞出版社 2016年
・「心理学」 無藤隆・森敏昭・遠藤由美・玉瀬耕治 有斐閣 2004年
・「『女性の活躍』と鉄鋼業」 宗岡正二 日本経済新聞夕刊 2016年8月28日
・財務省でセクハラ研修 講師「世の中の常識とズレてる」(朝日新聞2018年5月9日)
https://www.asahi.com/articles/ASL593R84L59ULFA009.html

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