権限委譲によって部下を育成し、持続的なイノベーションを起こす方法

昨今のスピード重視の風潮によって「もっと権限移譲を!」というプレッシャーを受けているマネジャーの方は多いと思います。

ところが、いざ実行となると、戸惑うことも多いのではないでしょうか。部下からは「今でも死ぬほど忙しいのに、これ以上仕事を増やさないで欲しい」と嫌な顔をされます。上からは「成果は出ているのか」と相も変わらぬ小言をいただきます。

このような悩みを抱えるマネジャーの方に、権限移譲の本当の意味と、具体的なアクションについてわかりやすく解説したいと思います。

1. 権限移譲とは何か?

エンパワーメント、デレゲーションなどと横文字で言われることもありますが、要するに権限移譲ということです。まずは、権限移譲という「戦略」の基本的なところから話を始めましょう。

霞が関と地方に例えると、霞が関に該当するのがマネジャーで、地方が部下です。マネジャーにとって権限移譲が容易ではないことが想像できると思います。

1-1. 権限移譲の本質

権限移譲という戦略の本質を理解するためには、次の簡単な質問に答えれば、一発で納得できます。

「これまでのビジネス人生を振り返って、うれしかったこと、はげみになったことを挙げてください」

非常に興味深いことに、その回答は必ず2つに集約されることになります(その理由は記事「リーダーが絶対に知っておくべき戦略的役割と6つのソフトスキル」参照のこと

1つはフィードバックでも紹介した「上司に褒められた、認められた」というものです(記事「部下をヤル気にする最強のツール『フィードバック』」参照のこと)。そして、もう1つが「チャレンジングな仕事を任されて、それをやり切った」というものです。そのときあなたは成長を実感できたと思います。プロとして一皮むけたという喜びを感じたと思います。これが権限移譲という戦略の本質なのです。

この回答結果から、あなた自身が権限移譲の本質とその戦略的重要性を認識していることがわかります。権限移譲を実践するというのは、自分が成長するうえで最も役に立った経験を部下にも経験させるということなのです。また、そのときの上司との関係も思い出してみてください。それはポジティブなものだったはずです。部下と豊かな関係を築くために、権限移譲が強力なツールになることがわかると思います。

ここで「権限移譲」という言葉の意味を明確にしておきましょう。権限移譲という言葉から「権限を部下に渡す」というイメージがありますが、本稿ではそういう捉え方をしていません。権限移譲を次のように定義します。

「部下に仕事を任せていく」

部下に仕事を任せたからといって、マネジャーは結果に対する責任から逃れられるわけではありません。権限を委譲された部下は、業務の執行責任を負います。一方、権限を委譲したマネジャーには結果責任が残ります。

「部下に仕事を任せていく」という権限移譲の定義を突き詰めると、それは単に上司の仕事を切り分けて部下に割り振るだけではないことがわかります。仕事をどんどん任せていくわけですから、その究極の姿は、「部下がイニシアティブを発揮して、新しいビジネスやイノベーションをどんどん創造する」ということになるはずです。それを実現することがマネジャーの究極の役割と言ってもよいでしょう。

1-2. 仕事の任せ方の5ステップ

一口に部下に仕事を任せていくと言っても、任せ方には様々な段階があります。それを認識しておくことは権限移譲を実践するうえで役に立ちます。

任せ方には次の5つのステップがあると考えられます。

  1. 命令型
    • 言われた事を言われた通りにやってもらう。
    • 与えられた仕事をこなすには能力的にも不十分で、仕事をステップ毎に分解してやり方を指示しなければならない場合。
  2. 指示型
    • 次に何をやるべきかについての上司の判断を部下自らが仰ぐようにさせる。
    • 与えられた仕事をステップバイステップに分解して指示をすれば、それぞれのタスクに関しては十分にこなせる場合。
  3. 指導型
    • 進め方について部下に提案をさせ、上司も合意した上で行動を起こさせる。
    • 与えられたレベルの仕事が、部下の能力におおよそ合致している場合。
  4. チェック型
    • 部下の考えで行動させて、結果をその都度報告させ、上司がチェックする。
    • 部下の能力を以ってすれば、与えられたレベルの仕事はできるが、若干の失敗やつまずきのリスクが想定される場合。
  5. 委任型
    • 部下の考えで行動させて、定期的にまとまった結果を上司へ報告させる。
    • 部下の能力をストレッチさせれば、与えられた仕事がこなせる場合。

仕事の任せ方は部下の成長に応じて命令型から委任型へと進化していくことになります。そのためには、部下を深く理解し、その成長を見守る姿勢がマネジャーには求められます。それなくして権限移譲を実行することは難しいと言えるでしょう。

1-3 マネジャーにとっての権限移譲の3つの戦略的段階

部下への仕事の任せ方に5つのステップがあるように、マネジャーにとっても戦略としての権限移譲には3つの段階があります。

1段階

マネジャーが自分の仕事を切り分けて部下に与えるというものです。
マネジャーの仕事の中から難易度の低いものを切り分けるのが一般的です。これは最も基本的な権限移譲の形態で、ビジネス書籍で一般的に説明されているものです。

マネジャーは自分の仕事の一部を部下に任せることで、時間という貴重な資源を手に入れます。この時間を戦略的なテーマに投下することで組織のパフォーマンスが向上するというメカニズムが働きます。

2段階

マネジャーが新しいプロジェクトを立ち上げて、部下に任せるというものです。
プロジェクトはマネジャー自身が創案することもありますが、社内で持ち上がった案件を自分の手腕でぶんどってくるというのもあります。後者は右肩上がりの時代に日本企業で頻繁に見られたものです。成長期にはよくある話なので、ことさら権限移譲という捉え方をすることは少なかったと思います。「チャレンジングな仕事を任されて、それをやり切った」というポジティブな体験の原動力になったのは、この第2段階のケースが多かったと思います。

ある大企業の中間管理職の方々と、権限移譲についてワークショップを行ったことがあります。話が盛り上がらないので理由を聞いてみると、「われわれは部下に委譲できるほど権限を持っていません」という答えが返ってきました(ブラックユーモアだと信じたいですが)。

このケースは、マネジャーとして権限移譲の第2段階の戦略を認識していないということになります。

マネジャーとしての権限があまりなかったとしても、自分でプロジェクトを立ち上げることを禁止する社内規則はないはずです。部下のために新しいプロジェクトをお膳立てするのはマネジャーの責務であることを肝に銘じてほしいと思います。

3段階

部下が勝手にやるというもので、新しいビジネスやイノベーションが組織内で続々と創造される状態を指します。これは権限移譲の究極の姿と言ってよいものです。

「マーケティングの目的は顧客を深く理解することで製品・サービスが自ずから売れるようにすること」と言ったP・ドラッカーに倣うと、権限移譲の究極の目的は「部下を深く理解することで、新しいビジネスやイノベーションが自ずから創造されるようにすること」となるでしょう。

トップダウンでビジネスを推進するアメリカ企業に対して、現場のアイデアを起点としてビジネスを創造していく創発戦略は、日本企業が伝統的に得意としてきたスタイルです。最も高次元の第3段階の権限移譲は、日本企業のお家芸と言ってよいものなのです。  

  

(図表)権限移譲の戦略的段階

2. 権限移譲の目的

権限移譲を推進する目的としては、次の3つを挙げることができます。

  1. 組織のパフォーマンスを向上する
  2. 部下を育成する
  3. 自分(マネジャー自身)が成長する

2-1. 組織のパフォーマンスを向上する

組織のパフォーマンスの向上は、マネジャーの本来的な責務です。権限移譲にはそれを可能にするメカニズムが内在しているので、組織のパフォーマンス向上を権限移譲の目的として挙げることができます。

マネジャーが自分の仕事の一部を部下に任せることで時間を捻出し、その時間を付加価値の高い業務に投下することで価値を創造することができます。緊急性×重要性の4象限のマトリックスを使って説明すると次のようになるでしょう。

最大の価値を創造するためには、重要性の高いタスクに時間を投下すべきです。しかし、それを緊急性の高いタスクが阻みます。権限移譲によって、部下に緊急性は高いが重要性は低いタスク(③象限)を任せて、それによって浮いた時間を付加価値の高いタスク(②象限)に投下します。これが第1段階の権限移譲によるパフォーマンスの向上です。

(図表)業務マトリックスにおけるマネジャーの時間配分

 2段階の権限移譲では、マネジャーが立ち上げた新しいプロジェクトを部下が実行することで、価値が創造されます。先輩から受け継いだ既存ビジネスの展開だけで、組織のパフォーマンスを持続的に向上させることはできません。新しいビジネスやサービスを展開することがマネジャーには期待されます。

権限移譲の究極の姿である第3段階においては、部下自身が新しいビジネスやイノベーションを創造することで組織が成長します。一人のマネジャーよりも複数の部下の方がアイデアの創出に関して数的有利にあります。さらに、上司に与えられたプロジェクトよりも、自分で立ち上げたプロジェクトの方がモチベーションも上がります。権限移譲を推進するというマネジャーの強い意志があってこそ、このような価値創造が期待されるでしょう。

2-2. 部下を育成する

部下の育成はマネジャーにとって最も重要な課題の一つです。なぜならば、それはマネジャーにしかできない仕事だからです。権限移譲によって仕事を任せることは、最も効果的な部下の育成方法になります。

チャレンジングな仕事を任された部下は、成功体験と失敗体験を重ねることで成長します。成功体験は部下に自信を与え、次のレベルに向かう挑戦心を育みます。失敗体験は部下に学習の機会を与え、次のレベルにステップアップするために、どのような準備が必要かを悟らせます。

マネジャーは前者に対してはポジティブフィードバック、後者に対してはネガティブフィードバックで部下の成長を後押しします。

2-3. 自分(マネジャー自身)が成長する

組織内のポジションが上へ進むにつれて仕事の範囲は広がり、自分が経験したことのない仕事にも責任を負うようになります。それらをすべて一人でこなすことは不可能になります。したがって、権限移譲ができないということは、上級管理職、あるいは経営幹部にはなれないということを意味します。

「最強の中間管理職、必ずしも最強の経営幹部ならず」です。権限移譲のスキルを磨くことは、マネジャーが中間管理職から上級管理職にステップアップするための課題となります。

3. 権限移譲を実践する

権限移譲の考え方がクリアになったら、次は実践です。権限移譲を実践するための方法について説明をします。

3-1. 権限移譲を成功させるための3つのポイント

権限移譲はどのような状況でもできるというものではありません。権限移譲が効果を発揮するための条件があります。条件としては、次の3つが考えられます。

  1. 信頼関係を構築する
  2. 理念を共有する
  3. 阻害要因を克服する

 1. 信頼関係を構築する

マネジャーと部下の間に信頼関係があることが権限移譲の絶対的な条件となります。

部下がマネジャーを信頼していないと、任された仕事を「自分を成長させるためのチャレンジ」とは受け止めません。「余計な負担を押し付けられた」と感じるはずです。いつも忙しそうに振る舞って「これ以上仕事を増やさないでほしい」というオーラを出している部下がいたら、それは信頼関係の乏しさを物語っています。逆に、マネジャーの方も部下を信頼していないと、権限移譲を行う気にはならないはずです。

部下との信頼関係を構築するためにはどうしたらよいでしょうか。

それは、部下とその仕事ぶりをリスペクトすることに尽きます。部下をリスペクトするということは、部下を称賛するということではありません。部下を自分と同じ「プロ」として認めるということです。経験に劣る部下がマネジャーより劣るのは当然です。そうでなければ自分がマネジャーとして存在している意味がありません。

部下が自分と違う意見を持っていたり、部下の考え方や行動が理解できないとしても、それを否定せず、そのような独自のものの見方や考え方を持つことを認めることが大事です。組織を成長させるためにイノベーションは不可欠ですが、まともな意見や考え方からイノベーションが生まれることはありません。

イノベーションのメッカであるシリコンバレーでは、ダイバーシティの概念(多様性の尊重)が重視されています。様々な意見や考え方の相違がイノベーションの源泉であることが広く認識されているからです。一人ひとりの部下が持つ独自の考え方や価値観といった多様性をリスペクトしないマネジャーは、イノベーションに対して論理的に矛盾する存在になるのです。(記事「対応できないリーダーに未来はない 今すぐ始められるダイバーシティ」参照のこと)。

2. 理念を共有する

マネジャーと部下が理念を共有することも不可欠です。ここで言う理念とは、限定的な意味ではなくて、何らかの基本原則を指します。

部下をリスペクトするということは、部下の多様性や自主性を認めるということです。そのような中で権限移譲を効果的に行うためには、マネジャーと部下の間で何らかの基本原則が共有される必要があります。基本原則が共有されていないと、多様な個性を持ったメンバーが勝手に判断、行動してしまって、チームとしての統制が取れなくなるからです。

サッカーを例にとってみましょう。試合が始まれば、戦うのはヘッドコーチではなくて選手です。だからと言って、選手一人ひとりの個人技に任せたら、最高の選手を集めてもチームとして力を発揮することはできないでしょう。試合では、選手一人ひとりに臨機応変な対応が求められます。しかし、チームとして力を発揮するためには、チーム独自の基本戦略が共有されなければなりません。

理念とか基本原則と言うと抽象的なので、マネジャーと部下の間で取り決める「約束事」や「合言葉」という捉え方の方がよいかもしれません。

ANAのキャビンアテンダントの方から伺ったのですが、乗客サービスに関してANAでは「安全性、定時性、快適性、経済性」という基本原則を設定しているそうです。この基本原則に則っている限り、キャビンアテンドは自らの判断で、自由にお客さん対応ができるようになっています。理念の共有化の見本と言ってよいでしょう。

マネジャーにとって権限を委譲するということは、業務指示に頼らないで組織を統制することを意味します。その代わりに、理念によって組織を統制するということなのです。

業務指示は、個別具体的であるがゆえにパワフルです。しかし、個別具体的であるがゆえに有効性の範囲が狭く、柔軟性に欠けるという弱みがあります。これは予想外のことが起こる不確実な環境で仕事をするときには限界があります。

これに対して、理念は個別具体性に欠けるという弱みがあるものの、有効性の範囲が広く、どんな事態にも柔軟に対応できるというアドバンテージがあります。そのため、不確実な環境に向いていると言えます。

仕事を任された部下にとっても、理念の共有は不可欠なものになります。権限移譲によって任された仕事は、部下にとってチャレンジングなものになります。判断に迷うことも多いはずです。その都度マネジャーにお伺いを立てていたら、権限移譲そのものが意味のないものになります。

できるだけ自分で判断することが、権限移譲の戦略的目的に適うことになります。だからこそ、理念が部下の判断の拠り所になるわけです。

理念を共有するための具体策の一つとして、チーム憲章の作成が挙げられます。チーム憲章とは、チームが共有する価値観に基づいて、「どのようなチームになりたいか」を文章で表したものです。仕事をするうえで何が尊ばれるか、何が評価されるか、といったチームの価値観が理解できるように、リスト化したものです。

マネジャーが作成して、チームメンバーに浸透するように働きかけをすることも可能ですが、チームビルディングの観点からは、チームメンバーと一緒になって、みんなでまとめる方が望ましいと言えます。チーム憲章の下では、マネジャーも含めて全員が平等でなければなりません。

3. 阻害要因を克服する:権限移譲を阻害する5つの要因

「権限移譲を推進しよう」と号令をかけても、簡単には実現しません。権限移譲を阻む要因が存在するからです。それは主として、マネジャーの心の中にあります。

自分の心の中にある阻害要因を克服することが、効果的な権限移譲を行うための必要条件となります。代表的なものとして、次の5つを挙げることができます。

  1. 過度な短期的効率の重視
  2. 実務へのこだわり
  3. 業務への思い入れ
  4. 部下の能力の過小評価
  5. 権限移譲のスキル不足

 

  1. 過度な短期的効率の重視

目先の仕事を効率的に処理することだけを考えたら、経験があって技能にも長けているマネジャー自身が実務をこなした方がよいかもしれません。

 この考え方の問題は、「部下が経験を通して成長することでしか、組織全体の能力を持続的に向上させることはできない」という視点が欠落しているところにあります。

 効率性の犠牲はあくまでも短期的な現象です。中長期的な組織の効率性は、権限移譲によってもたらされるのです。権限移譲は、部下に対する投資です。「リスクのある投資をしない限りリターンは期待できない」というビジネスの掟を肝に銘じておく必要があります。

b. 実務へのこだわり

実務に優れたマネジャーは、部下に任せてもよい仕事や、部下の成長を考えれば任せた方がよい仕事であっても、担当者時代の癖が抜けずに、ついつい自分やってしまいがちです。

 「部下だと作業品質に不安があるので任せられない」と自分を正当化するマネジャーをよく見かけますが、多くの場合、単に自分が表舞台に立ったり、手を動かしている方が充実感が得られるというのが本音です。

 これについての問題点は、マネジャーが管理職と担当者の役割の違いを認識していないところにあります。担当者というのは特定のテーマのスペシャリストです。そのようなスペシャリストを使いこなすのがマネジャーの役割です。マネジャーとは、スペシャリストを使いこなすことで充実感を得る仕事です。そこに充実感を感じることができなければ、マネジャーではなく、スペシャリストとしてのキャリアを追求すべきです。

 c. 業務への思い入れ

マネジャーの立場にある人であれば、多かれ少なかれ自分が深くかかわった仕事が過去にあります。そのような仕事に対する思い入れが強ければ強いほど、自分のイメージする仕上がりにこだわりたくなります。その結果、自分の手掛けた仕事を部下に任せることに抵抗感を覚えます。

 これもある大企業で聞いた話ですが、部長層の海外出張が異常に多くて「話ができなくて困る」という不満が課長層から出ていました。その理由を課長の方に尋ねたところ、「部長が若手時代に開拓した海外のお客さんを訪問するから」という答えが返ってきました。もちろん、部長の方々は「相手はオーナー社長だから、バランス的に自分が行かないと具合が悪いんだ」というもっともらしい理由を述べていました。

 しかし、相手の社長と渡り合った当時の自分が若手社員だったことをお忘れになっているようです。業務への思い入れの強い方は、自分の上司がこれと同じ理由で仕事を手放さないという状況を想像してみてください。上司が滑稽な存在に思われるでしょう。

 d. 部下の能力の過小評価

マネジャーは、部下の成長の可能性を過小評価している場合が多いと思います。発展途上の部下の実力不足や経験不足を理由にして、権限移譲に対して慎重になりがちです。部下が失敗すると自分の責任になるという保身の気持ちも理解できます。しかし、それは部下の成長機会を奪うことによる会社の機会損失に目をつぶっていることにもなります。

 この問題については、自分が若手だった頃を思い出してみるとよいでしょう。誰しも上司の過小評価に反発した経験があるはずです。逆に、未熟だった自分によくもあんな大事な仕事を任せてくれたな、と当時の上司の器の大きさに思いを巡らしてもよいでしょう。

 e. 権限移譲のスキル不足

権限移譲のスキルは先天的なものではありません。それは経験と努力を通して獲得しなければならないものです。権限移譲を経験したことがなければ、そのやり方を知らなくても不思議ではありません。

 現役でいる限り、プロはトレーニングを続けなければなりません。新しいスキルを学ぶことで自らの成長を追求することは、マネジャーの義務と言えます。

3-2 部下との信頼関係を構築するための3つのアクション

権限移譲を成功させる3つのポイントの中で最も大事なのは、部下との信頼関係です。権力に対する面従腹背は人間の本性です。部下からどれだけ信頼されているかを知ることは、容易ではありません。

 マネジャーにできるのは、部下をリスペクトし、積極的に信頼関係を構築する努力を重ねることだけです。結果の如何を問わず、そのような努力をしている上司の姿勢を部下はちゃんと見ています。ここでは、部下との信頼関係を構築するための3つの具体策を挙げます。

1. 部下の長所を可能な限り挙げてリスト化する

これは「部下をヤル気にする最強のツール『フィードバック』」でも述べたことですが、どんな人間にも長所はあります。そして、長所はリスペクトすることが容易です。

 普段から部下をポジティブに見る姿勢がなければ、隠れた長所を見抜くことは難しいでしょう。部下の長所をリスト化して、常にアップデートするように心掛けるとよいでしょう。

2. 自分との差異に注目して、それを部下の強みとして認識する

チームメンバー一人ひとりのものの見方やスキルセットの違いが、チームの価値を生み出す原動力になります。「部下に違和感を覚える方がチームとしては強くなるのだ」という認識を持つことが大事です。

 長所と同様に、自分と部下のものの見方やスキルの違いをリストアップし、それがチームの強さの源泉になることを意識するとよいでしょう。

 特に、デジタルネイティブの若手社員はマネジャー世代の知らない分野に強みを持っています。「知らないから評価できない」という悪循環に陥らないようにしたいものです。自分の知らない事や苦手な事について部下に教えを乞うことは、部下をリスペクトすることになります。

3.  当たり前のことをした部下を積極的に評価する

「与えられた仕事をちゃんとこなすのは担当者として当たり前のこと。だから、称賛の対象にはならない」これがマネジャー世代の一般的な感覚だと思います。ところが、これは非常に日本的な反応であって、アメリカでは考えにくいことになります。職務記述書に規定されたタスクを首尾よくクリアしたのだから、評価の対象になるのは当然のこととされます。

 これまで日本企業において当たり前のことをした部下に対して積極的な評価をすることが少なかったのは、終身雇用によって会社に対する強固な信頼関係があったためと考えられます。評価をしなくても、部下の心を会社につなぎとめることができたわけです。

 そのような信頼関係を維持することが難しくなった今の時代は、マネジャーが積極的に担当者との信頼関係を構築していかなければなりません。そのためには、当たり前のことをした部下を評価するのが効果的です。

 先に述べたように、若手時代に「上司に認められた、褒められた」ことが自分の成長にプラスになったということをマネジャー自身が認めています。そのときに上司との間に信頼関係が形成されていたはずです。マネジャーとして部下を認め、ポジティブに評価することは、信頼関係の形成に有効であることがわかります。

 マネジャーになった今から振り返れば、若手時代に上司から褒められたことは、人に言えるほどたいしたことではなかったはずです。プロの水準から見れば当たり前のことをやったに過ぎません。それを当時の上司が積極的に認めてくれたというのが真相だったのです。

3-3. 仕事を分解する

権限移譲を行う上でソフト面の基盤となるのが部下との信頼関係だとすると、ハード面の基盤となるのが仕事を分解することです。

 部下に任せる仕事の種類とレベルは様々です。一方、部下の能力のタイプとレベルも様々です。両者がマッチングする仕事を権限移譲できればよいのですが、そう簡単には行かないのが現実です。そこで、仕事を分解する必要性が生じます。分解することで、仕事を任せることが可能になるからです。

 ライン生産による大量生産技術の生みの親であるヘンリ・フォードの有名な言葉に「いくつかの小さな仕事に分ければ、これといって難しい仕事はなくなる」というのがあります。難しい仕事というのは、仕事が分解されていない状態を指します。分解されていないから難しいわけです。

 仕事を分解して、小さな仕事に分ければ、どのようなレベルの部下に対しても、任せられる仕事を用意することができるようになります。つまり、権限移譲の対象となる仕事が難しくても、部下の能力に合わせた仕事を用意することは不可能ではないということです。

 仕事を分解するためには、次のような軸で切ってみるとよいでしょう。

  1. 目的/ゴール
     期待する成果物をできるだけ小さく分けます
  2. 範囲
     目的を達成するために、何をどこまでやるか、についてできるだけ小さく分けます
  3. 時間軸
     ゴールまでの時間軸において、マイルストーンをできるだけ小さく分けます
  4. 作業項目
     実際に行うことを期待される作業項目をできるだけ小さく分けます
  5. サービスクラス
     業務の性格に応じてタスクを分ける。例えば、標準的なタスク、特急のタスク、納期のあるタスク、予備的なタスク、など

 

プロジェクト管理で用いられるガントチャートは仕事を分解したものと言ってよいでしょう。
権限移譲を一つのプロジェクトと見立てて、ガントチャート作成することは有効です。

 

(図表)ガントチャートの例

2-4. 権限移譲を実行する5つのステップ

「お前を信じている。責任は俺が取るから思い切ってやれ」と言われた部下は、うれしいと思う反面、本当にうまくやれるかどうか不安を感じるものです。成功が部下の成長のための最高の良薬であることを考えると、マネジャーが責任を取れば済むという話でもありません。部下を成功させるためには、仕事を任せる実行計画が大事になります。そこで、権限移譲を実行するプロセスについて見てみましょう。

 権限移譲を行うことは、新しいプロジェクトを立ち上げることと同じように捉えられます。通常のプロジェクトでは、ある程度タスクをこなせるメンバーを起用しますが、権限移譲の場合は、プロジェクトメンバーである部下の能力をストレッチさせることになります。そのため、通常のプロジェクト以上に仕事を分解して、部下の能力で対応できるように配慮が必要となります。

 権限移譲は、次のようなステップを踏んで行うことになります。

Step 1 分析

どのような仕事を部下に任せるかについて分析を行います。

マネジャー自身の仕事を切り分けて部下に与えるという第1段階の権限移譲の場合は、マネジャーが担当している業務を分解して、部下に任せられる仕事を選定します。新しいプロジェクトを立ち上げて部下に任す第2段階の権限移譲の場合は、プロジェクトの計画を立てます。

Step 2 指名

誰にどの仕事を任せるかを決めます。
指名に際しては、次の観点から検討をします。

  • 任せる仕事に対する適性
  • 部下の潜在的能力
  • 部下の育成計画との関連性
  • 部下のキャリアデザインとの関連性

Step 3 ブリーフィング

仕事を任せるにあたって、部下に対してブリーフィングを行います。
プロジェクトで言えば、キックオフミーティングの位置づけです。ブリーフィングでは次のようなことを部下に伝えます。

  • 仕事の目的
     仕事の内容を定義し、主目的、副目的を明確にしてリストアップします。
  • 成果物の定義
     目的を達成した場合に期待する成果物を明確にします。成果物の品質によって権限移譲がどの程度成功したかがわかります。
  • 利用できる資源
     予算(使えるお金)、施設(利用可能なインフラ)、協力者(サポートしてくれる人、関係者)、時間(部下が投下できる時間)など、利用できるリソースについて説明します。
  • タイムテーブル
     分解された作業項目ごとに締切日、マイルストーン、レビューの日程を設定します。
  • 仕事の進め方
     どういうやり方で仕事を進めればよいかについて部下と合意をします。そして、マネジャーと部下の役割分担と責任範囲を取り決めます。
  • 権限のレベル
     委譲する権限とその範囲について特定します。
  • リポーティング
     上司への報告の仕方と頻度について取り決めます。

Step 4 モニタリング

定期的に進捗状況を確認します。
実際のビジネスは計画通りに進まないものです。通常の業務であれば、必要に応じてマネジャーが部下に指示を出します。しかし、権限移譲の場合は、できるだけ口を挟まないことが望まれます。どうしても必要な場合に限って介入するように心がけます。

 計画に対して遅れが生じても、できるだけ部下主導で対応します。状況によってはスケジュールの見直しを行います。

任せた仕事がどうしてもうまく行かないことが明らかになった場合は、任せた仕事をマネジャーが回収しなければなりません。失敗をラーニングの機会とするためにも、対応は次のようなシステマティックな形で行います。

  • 仕事の実施状況を正確に把握します。
  • (順調に行っていない場合)任せた仕事をさらに分解することでタスクの難易度を下げるよう試みます。
  • 部下に適切なフィードバックを与えることで改善を期待します。
  • それでも改善が見られず、部下のモチベーションも維持できない場合は、部下と合意のうえで仕事を回収します。
  • 失敗体験からのラーニングが部下の成長の糧となるようにフォローアップをします。失敗の原因を分析し、それについて部下と話し合います。部下を責める態度は慎みます。

Step 5 評価

任せた仕事が完了したときや設定したマイルストーンに応じて評価を行います。
仕事に対する評価なので、基本的には通常の業務評価のときと同じようなやり方でよいでしょう。通常の仕事に対する評価と異なるのは、ネガティブな評価を下す前に、その原因が部下にあるのか、任せたマネジャー自身にあるのか、に注意することです。

 権限移譲は部下にとってチャレンジですが、マネジャーにとってもチャレンジングな仕事です。そこで、次のような自問自答をして、マネジャー自身のラーニングの機会とします。

  • 任せた仕事の分解のレベルは部下の能力に対応したものだったか?
  • 任せた仕事に対して余計な口出しをしなかったか?
  • 部下に対するフィードバック(指導)は適切だったか?
  • 権限移譲を部下の成長の機会とすることができたか?
  • 権限移譲を通して自分自身は何を学んだか?

コラム プレイングマネジャーからゼネラルマネジャーへ

 マネジャーにとっての権限移譲の課題の中で、日本企業で働くマネジャーの多くが直面している悩ましい問題があります。それはプレイングマネジャーという問題です。

 今日の日本の大企業において、マネジャーと言うと、プレイングマネジャーを指す場合が多いと思います。プレイングマネジャーとは、担当者としての目標を抱えながらマネジャーとしてチームの目標を達成することを期待される管理職を指します。

 プレイングマネジャーという言葉が和製英語であることからわかるように、それは日本企業に特有の存在と言えます。日本でプレイングマネジャーが生まれた背景は、成熟期に入って成長が鈍化したにもかかわらず、高度成長期に形成された長期雇用のシステムを維持しようとしたところにあります。

 もともと無理のある産物なだけに、プレイングマネジャーの役割には難しいところがあります。プレイヤーでもありマネジャーでもあるというのは、効率的かつ柔軟性があるように見えるかもしれませんが、マネジメントの観点からは問題を抱えることになります。

 それは、プレイヤーとしてのリソースの投入とマネジャーとしてのリソースの投入の最適な配分がわからないという問題です。時間、労力といったリソースには限りがあるので、最も効果が発揮されるように配分しなければなりません。

 プレイヤーとしてのこだわりが強くなければ名プレイヤーは務まりません。しかし、プレイヤーとしてコミットすればするほど権限移譲は難しくなります。また、マネジメントへのコミットメントがおろそかになると、ただでさえ実行が難しい権限移譲がより一層難しくなります。プレイングマネジャーにとって、権限移譲は極めてチャレンジングなことになるのです。

 中間管理職から上級管理職にステップアップするという自分自身のキャリアパスを考えると、プレイングマネジャーを卒業して、本来のマネジャーへと脱皮する必要があります。それは権限移譲のスキルを磨くことで可能になります。自分の仕事を部下に切り分けるだけでなく、マネジャーが新しいプロジェクトを立ち上げて部下にプレゼントするのです。さらに、新しいプロジェクトが続々と創発されるチームを作るのです。

 マネジャーであれば、マネジャーでなければできない仕事にコミットすることは理に適っています。権限移譲はまさにそれに該当するのです。

4. まとめ

権限委譲は、単に上司の仕事を切り分けて部下に割り振ることではなく、部下に仕事を「任せていく」ことであり、その究極の姿は「部下がイニシアティブを発揮して、新しいビジネスやイノベーションをどんどん創造する」ようになることです。

 権限移譲には3つの戦略的段階があります。

 1段階では、自分の仕事の一部を部下に割り振ることで時間を捻出します。その時間を付加価値の高い業務に投入します。それによって価値を創造します

2段階では、マネジャーがプロジェクトを立ち上げて、それを部下に任せます。新しいプロジェクトが価値を創造します。

 3段階では、部下自身がプロジェクトを立ち上げて、自分で実行します。この段階に至ると、新しいビジネスやイノベーションが組織内で続々と創造され、価値を生み出す循環構造ができあがります。

 権限委譲の成功の鍵は、部下との間に信頼関係を構築することにあります。信頼関係を構築するには、部下をリスペクトすることです。

  権限移譲は、部下に仕事を任せることで、部下、マネジャー自身、組織の三者の成長を図る戦略であるといえます。その実践はマネジャーにしかできない仕事であり、自分自身のキャリアパスを切り開く手立てにもなるのです。

良いこと尽くしの権限委譲です。ぜひ、挑戦してみてください。

 ■ 著者情報

山本 和隆
経営コンサルタント
ジャパンインターカルチュラルコンサルティング日本代表
ライトワークス㈱取締役
旭硝子、モトローラ㈱経営戦略部長、フューチャーシステムコンサルティング㈱ディレクター、Rhodia Electronics & Catalysis General Manager、スミダ電機副社長などを経て現職。
一橋大学経済学部卒、シカゴ大学経営大学院修士課程修了(MBA)。
主な著書に「新版 グロービスMBAファイナンス」(ダイヤモンド社)、「ファイナンス入門講義」(日本経済新聞出版社)、「MBA式考える文章術」(東洋経済新聞社)、「経営戦略」(ファーストプレス)などがある。 

<参考文献>
■トーマス・L・ブラウン(2008)『「権限移譲」で、抱え込んでる仕事を部下に任せる』(ハーバード・ビジネスポケット・シリーズ)ファーストプレス.

■ロッシェル・カップ(2003)『ソフト・マネジメントスキルーこころをつかむ部下指導法』日本経団連出版.
■ヘンリー・ミンツバーグ(2011)『マネジャーの実像』日経BP.
■Heller, How to Delegate. Dorling Kindersley,1998

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