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クリティカルシンキングの歴史秘話 そのルーツはどこにあるのか?

今日ではビジネスの基本スキルとして認知されているクリティカルシンキング(以下、クリシン)ですが、わが国で本格的に知られるようになったのは21世紀に入ってからのことです。キャリアで言えば20年ほどの新参者なのです。そのため、経営戦略や会計学といった定番のスキルと比べると、まだまだ謎に包まれたところがあります。

本稿では、「故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知れば」という孔子の教えに従って、クリシンの歴史を振り返ってみようと思います。クリシンの歴史的背景についてはあまり論じられていないので、クリシンを学ぶうえで参考になると思います。


1. 日本におけるクリティカルシンキング事始め

日本のビジネス界にクリシンの旗を打ち立てたのがグロービスであることは間違いありません。グロービスは1992年に堀義人氏(ハーバードMBA、1991年)によって設立され、今日ではグロービス経営大学院として日本最大のビジネススクールに発展しています。

ハーバード・ビジネススクールのケーススタディに感激した堀氏が「これは絶対に日本でもやるべきだ」と決意したのがグロービスの原点です。そこで、ハーバードのケースを日本語に翻訳して、社会人向けに研修を提供し始めたのです。ところが、いざやってみると大きな課題に直面することになりました。それは、受講者が授業について来られないという厳しい現実です。そこには色々な要因があったと思われますが、この挑戦に対してグロービスが用意した解答がクリシンだったのです。

つまり、「本格的なケーススタディをやるためには、受講者の基礎能力を上げる必要がある。そのために最適なのがクリシンだ」というわけです。そのプログラム開発において中心的な役割を演じたのがグロービスの初期メンバーの一人で、現在は立教大学の客員教授を務める高橋俊之氏(ミシガンMBA1992年)です。なぜこのような裏話めいたことを知っているかと言うと、筆者が高橋氏に誘われてグロービスの講師をすることになったからです。だから、当時のことを知っているのです。

幸いにもクリシンは好評を博し、そこから快進撃が始まることになります。2001年にはダイヤモンド社から「グロービスMBAクリティカル・シンキング」が出版され、本邦初のクリシンの教科書としてロングセラーとなりました。こうしてクリシンが日本のビジネス界で広く知られるようになったのです。


2. グロービスのクリティカルシンキングはどこから来たのか?

それではグロービスのクリシンはどこから来たのでしょうか。グロービスの初期メンバーはアメリカのビジネススクール出身者で固められていたので、アメリカから来たことは容易に想像がつきます。ただし、「クリシン=アメリカのビジネススクール」というわけではありません。筆者もグロービスの初期メンバーと同じ時期にシカゴ大学のビジネススクールにいたのですが、シカゴ大学でクリティカルシンキングという言葉は聞いたことがありません。

そもそも「考える」ことは人間の基本的な行為なので、このテーマは人類の歴史と共にあります。したがって、「考える」ことをテーマにしているクリシンに何か新しいアイデアがあるわけではありません。グロービスをはじめとするクリシンの書籍を読んだことのある人は「特に目新しいことはない」という印象を持ったはずです。そのため、「考える」という古い革袋に「クリティカル」という新しい酒を盛ったところがクリシンのクリシンたる所以だと言えます。

そこで、「クリティカル」を最初に言い出したのは誰か、ということになります。これについては、ジョン・デューイだというのが定説になっています[1]。デューイは20世紀前半を代表するアメリカの大物哲学者で、プラグマティズムの思想家として有名です。デューイが1910年に出版した「How We Think」(D. C. Heath Co.)に初めて”critical thinking”という表現が登場します。記念すべきクリシンのデビューは次のようになっています。

The essence of critical thinking is suspended judgment; and the essence of this suspense is inquiry to determine the nature of the problem before proceeding to attempts at its solution.[2]

(クリティカルシンキングを一言で言えば、判断を保留することだ。この判断の保留とは、むやみに解決策に飛びつく前に、問題の本質が何であるかを把握するということだ。)(筆者訳)

How We Think」は16章から構成されていて、主要な章のタイトルを紹介すると次のようになっています。

1章 思考とは何か?

6章 考えるという行為の分析

7章 システマティックな推論:演繹と帰納

8章 判断:事実の相互作用

9章 意味合い:あるいは概念と理解

10章 具体的思考と抽象的思考

11章 経験的思考と科学的思考

われわれがイメージするクリシンがここにあることがわかるでしょう。ただし、デューイ自身はクリティカルという用語にそれほどこだわっていませんでした。理由は定かではないのですが、1933年に本書を改訂した際にはcriticalという用語を一切使わなくなったのです。その代わりに、reflective(反省的)という用語に統一したのです。つまり、反省的思考ということです。結果的にはご本家の推した「リフレクティブ」というフレーズは定着せず、「クリティカル」が勝利を収めたということになります。

後ほど説明するようにデューイのクリシンは中等教育として始まったのですが、19701980年頃から大学の教養課程も対象とするようになります。1983年にはアメリカ哲学協会に「非形式論理学とクリティカルシンキング」という分科会が誕生し、それ以降も様々な活動が積み重ねられていきます。グロービスのクリシンはこのようなアメリカの知的遺産に基づいて作られたものと言えます。

[1] Stanford Encyclopedia of Philosophy, ”Critical Thinking” <https://plato.stanford.edu/entries/critical-thinking/>
[2] John Dewey (1910), How We Think, D. C. Heath & Co., p.58.


3. デューイのクリティカルシンキングはどこから来たのか?

次に、デューイのクリシンがどこから来たのかということについて検討してみましょう。これについては、問題意識と内容という2つの観点から見ることができます。

問題意識

まず、問題意識については「How We Think」の序言で述べられているように、デューイが設立したシカゴ大学のラボスクール(当時の幼稚園~高校に相当)での経験がきっかけになっています。大人のビジネスパーソンではなくて、子供の教育が原点なのです。そこからクリティカルシンキングの目的が明らかになります。それは、アメリカの民主主義を支える人材を育成するということです。

アメリカの教育を考えるときに、建国の歴史との関係を無視することはできません。1620年に英国王ジェームズ1世の弾圧を逃れてアメリカにやって来たのがピルグリムファーザーズです。そこにルーツに持つ建国の父たちは「シーザーを恐れた」といいます。ジュリアス・シーザーを独裁者と見なしての表現です。愛国者として有名なジョサイア・クインシー[3]はジェームズ1世と英国をシーザーとローマ帝国に例えて、「シーザーに騙されないように気を付けろ」という主張をしています[4]。それは市民一人ひとりが自分で判断できる力を持たないと、甘言を弄する独裁者(シーザー)に容易に盲従するようなると考えたからです。

デューイが「How We Think」の改訂版を出した1930年頃のアメリカでは、大学に進学する高校生は6人に1人しかいませんでした。したがって、中高生のときに自分で考える力を身に付ける=アメリカの民主主義を守る、というのがデューイの問題意識であり、それがクリシンの狙いだったのです[5]。クリシンが専門知識の領域に入らないのにはこのような背景があるのです。

さて、民主主義を守るためにクリシンが不可欠だとデューイは考えたのですが、日本ではビジネスのため、つまり銭儲けが目的というのが現状です。おもしろいことに、本家のアメリカでも状況は似たり寄ったりになってきています。2014年の一般教書演説においてオバマ大統領がクリティカルシンキングの重要性をアメリカ国民に訴えたのですが[6]、その目的は「学生がニューエコノミーに対応できるようになるため」となっていました。民主主義を守るというデューイの初志を軽視した結果、甘言を弄するトランプが大統領になったとしたら、デューイも草葉の陰で泣いているに違いありません。

内容

一方、デューイのクリシンの内容についてですが、「How We Think」の中でデューイはしばしば、フランシス・ベーコン、ジョン・ロック、JS・ミルを引用しています。したがって、これらのイギリス経験論の哲学者から学んで本書が書かれたと言えるでしょう。興味深いことに、筆者がクリシンについて解説した記事(「クリティカルシンキングの不都合な真実」)で、クリシンのルーツとして紹介したデカルト及びカントといった大陸系の哲学者の名前は一切出てきません。もちろんそれはイギリス経験論と大陸合理論という哲学の2大流派の対立といった大げさな問題ではありませんが、クリシンの本当のルーツを探るためには、これらの哲学者が活躍した近代からさらに歴史をさかのぼる必要があることがわかりました。

[3] ボストンの観光名所のクインシーマーケットはこのクインシー家に由来します。
[4] Josiah Quincy(1774), Observations on the Act of Parliament, p.45.
[5] W. Aikin(1942), The Story of the Eight-Year Study
[6] オバマ大統領はクリシンの他に、問題解決、科学、技術、工学、数学のスキルを挙げています。語学が挙げられていないところにアメリカの反グローバリズム体質が見て取れます。


4. クリティカルシンキングの本当のルーツは何か?

クリティカルシンキングの不都合な真実」では、クリシンの中心的なテーマであるMECE(分解と総合)とフレームワークを取り上げて、前者のルーツがデカルト、後者のルーツがカントにあると説明しました。その主張に変わりはないのですが、そのルーツをさらにさかのぼると、ギリシアの古典哲学に行き着くことになりますある意味において、これは当然のことと言えます。なぜなら、西洋の学問はソクラテス、プラトン、アリストテレスから始まっているからですアリストテレスは万学の祖と称えられています。プラトンはアリストテレスの師であり、「西洋哲学の歴史はプラトンへの膨大な注釈に過ぎない」(A. N.ホワイトヘッド)とまで言われています。そして、そのプラトンの師匠がソクラテスなのです。

それでは簡単にクリシンの原点を覗いてみましょう。まず、分解と総合(MECEについてです。これについてはプラトンの対話篇の一つである「パイドロス」で取り上げられています。パイドロスのテーマは、恋の相手に対しては「自分(=恋人自身)に恋をしている相手よりも、恋をしていない相手に身を任せるほうがよい」と口説くべきだという主張です。その是非についてソクラテスが大真面目に論じるのです。ソクラテスは別の対話編である「饗宴」で「なにしろ、ぼくはエロスに関すること以外、なにひとつ知らないのだから」と豪語しているほどの色好みなので、「ソクラテスにもってこいのテーマだ」とパイドロスに誘われてから対話が始まります。因みに、ここで口説く相手は女性ではなくて美少年です。三島由紀夫が大好きだったギリシアらしい設定と言えるでしょう。

この課題に対して、ソクラテスは自らの主張を打ち立てるための方法を次のように説明します。

「第一の原則は、散らばっている個別の要素を全体として一つのアイデアにまとめること。第二の原則は、自然の法則に従って全体を様々な要素に分解すること。」

まさに分解と総合です。デカルトより2000年も前にソクラテスはすでに分解と総合について語っているのでした。

もう一つ別のクリシンのテーマとして、「仮説と検証」についても見てみましょう。これについては、プラトンの中期の対話編である「パイドン」で取り上げられています。パイドンでは一転して「魂は不死か否か」というシリアスなテーマが取り上げられます。この問いに答えるためにソクラテスは次のような方法論を提案します。

「太陽の日蝕を観察する際は、気を付けないと太陽で目をやられる。同様に、物事の本質(イデア)を目で見たり、感覚器官を使って把握しようとしたら、私の魂の目がやられてしまう。だから、私は思考の領域で真実を追求するというアプローチを採用する。それは、その都度もっとも強力であると判断する言論(ロゴス)を基礎に仮説を立てて、これに調和すると私に思われるようなことを真であると見なし、調和すると思われないようなものは、真ではないと見なすのだ。」
「仮説を攻撃されても、検証結果が明らかになるまでは答えなくてよい。(仮説が反証されて)つじつまが合う説明が必要になったら、納得がいくまでベターな仮説を立て続けるのだ。」(筆者訳)

科学的アプローチの武器である仮説と検証のサイクルについても明らかにされていることがわかります。ただし、真理を志向したプラトンだけでなく、現実志向が強かったアリストテレスも計画的な実験というアプローチは採用しませんでした。ここが近代的な科学と決定的に違っていたと言えるでしょう。

なお、アリストテレスの貢献については、「クリティカルシンキングの不都合な真実」で説明しているので、そちらを参照してください。

ソクラテスが活躍していた2400年前と今日を比べるとテクノロジーの格差は絶大ですが、「考える」という頭の基本動作についてはそれほど大きな進歩はないような印象を受けます。ただし、ギリシアの学問は、奴隷のおかげで生活について心配する必要のない自由市民がポリスの市民としてふさわしい暮らしをするために発展したものです。生き馬の目を抜くグローバリズムによって生活の不安にさらされている現代のビジネスパーソンは、ハンデを負っていると言えるかもしれません。

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5. まとめ

クリティカルシンキングは「ビジネスで使うことができる実践的な思考方法」といったような意味で認識されています。一つの体系を持った学問ではないので、様々な流派やアプローチが存在します。そのため、クリシンの全貌を把握することは不可能に近いと言えます。本稿はそのような捉えどころのないクリシンについて、歴史を軸にすることで全体像を眺めてみようとしたものです。クリシンの歴史的背景を知ることで、興味を持ってクリシンをより深く学ぶことができるのではないかと思います。

最後にクリシンの元祖に敬意を表して、ソクラテスの言葉で締めくくりたいと思います[7]。クリシンを実践するうえで最も大事なメッセージだと言ってよいでしょう。

その人(ある政治家)は知恵があると多くの人に思われ、また、とりわけ本人がそう思いこんでいるが、実際はそうではないと私には思われたのです。・・・(なぜなら)その人は知らないくせに何か知っていると思っているのに対して、私のほうは、知らないので、知らないと思っているからです。私は知らないことを知らないと認識している点でこの人よりも知恵があるように思われたのです(「ソクラテスの弁明」より)

[7] プラトン著、三嶋輝夫・田中享英訳(1998)『ソクラテスの弁明・クリトン』(講談社学術文庫)講談社、pp.22-23.

<参考文献>
・John Dewey (1910), How We Think, D. C. Heath & Co.
・Josiah Quincy(1774), Observations on the Act of Parliament.
・Plato, Phaedo, translated by Benjamin Jowett.
・Stanford Encyclopedia of Philosophy, ”Critical Thinking” <https://plato.stanford.edu/entries/critical-thinking/>
・W. Aikin(1942), The Story of the Eight-Year Study, Harper & Brothers.
・プラトン著、三嶋輝夫・田中享英訳(1998)『ソクラテスの弁明・クリトン』(講談社学術文庫)講談社.

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