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コーチングの不都合な真実 それは信念なのか、それとも科学なのか?

「よいコーチであれ」

これは、グーグルが「よいマネジャーになるためにはどうしたらよいか」という課題に対して1年の歳月をかけたデータ分析によって導いた結論です。

(詳細は「Googleで最高のマネジャーになる8つの習慣」の記事参照のこと)

そうすると、「よいコーチになるために、コーチングのスキルを磨こう」と思う人がいても不思議ではありません。それだけコーチングというアプローチがビジネス界で認知されるようになっているからです。

一方で、気をつけなければいけないこともあります。それは、コーチングがアメリカから日本に紹介されてからまだ20年も経っていないという事実です。さらに言えば、本家のアメリカでもわれわれが「コーチング」と呼んでいるアプローチが登場したのは1990年代に入ってからなのです。一般的に言って、文化の異なる外国発の新手の手法については注意が必要です。なぜならば、歴史の風雪に耐えてその有効性が認められたとは言いにくいからです。ましてや、コーチングはヒトの心の領域にも関わる行為です。慎重な上にも慎重な姿勢が求められます。

そこで、本稿では、あまり語られることのないコーチングの来し方と行く末について秘話を交えて簡単に説明をしたいと思います。「よいコーチになるためにどうしたらよいか(=よいマネジャーになるためにはどうしたらよいか)」という大事な課題を考えるための参考になれば幸いです。


1. そもそもコーチングとは何か?

コーチングについて話をするためには「コーチングとは何か」というところから始める必要がありますが、実は、ここにコーチングの大きな問題があります。というのも、コーチングについては世界的に合意された定義がないのです。定義がないとどのような問題があるかと言うと、例えば、カウンセリング、キャリアカウンセラー、心理セラピー(米国では修士号以上の学位と公的な資格が必要)とコーチング(公的な資格はない)はどう違うのか、という問いに明確に答えることができません。そのため、有効性の範囲と限界だけでなく、何をやってもよいが何をやってはいけないのかという職業倫理がはっきりしないという危険性があります。コーチングは心の領域にも関わることになるので倫理の問題を軽視するわけにはいきません。また、公的資格がない世界でも、メンタリング、組織開発、リーダーシップトレーニングなどに対してコーチングはどう差別化できるのかという疑問が残ります。

コーチングに統一的な定義がないことの背景として、さまざまな流派が存在することが挙げられます。日本でコーチングというとICF(国際コーチ連盟)の影響が強いと言えますが、ICFも一つの流派の一つの団体に過ぎません。同じ流派の中でもICFはIAC(International Association of Coaching)という団体と北米で覇を競っています。イギリスには科学的根拠に基づいたコーチングをリードしているBPS-SGCP(British Psychological Society-Special Group in Coaching Psychology)やISCP(International Society for Coaching Psychology)といった有力団体があります。コーチングの業界団体の興亡の歴史を見ると、仁義なき戦いを繰り返すプロレス業界に似ています。

コーチングにどのような流派がどれだけあるのかについては、数が多すぎて専門家の間でも合意を見ません。アプローチの違い、対象とするセグメントの違い、歴史的な経緯などさまざまな切り口で分類することができます。

アプローチやコンセプトで分類すると、主として次のような流派が挙げられます。流派の呼び方も確立されたものはないので、ここでは筆者による命名に従っています。

  • 自己啓発セミナー系
    1960年代のカウンターカルチャーを背景とした人間性回復運動から派生した自己啓発セミナーの人脈をルーツとする流派。日本で主流のコーチング(ICF)はこの流派に属します。
  • NLP系
    Wikipediaでは疑似科学・宗教とされているNLP(神経言語プログラミング)に基づいた流派。世界で最も経済的に成功したコーチとして君臨するアンソニー・ロビンズはこの流派の出身。日本ではPHPの提供するコーチングがこの流派に基づいています。
  • ポジティブ心理学系
    ペンシルベニア大心理学部教授のマーティン・セリグマンの主唱するポジティブ心理学に基づいた流派。
  • サイコロジスト系
    アメリカでカウンセリングや心理セラピーを行うサイコロジストは専門職として確立されていて、最低でも修士号を取得し、一定期間の臨床研修をしたうえで公的資格試験に合格する必要があります。サイコロジストがその専門知識をベースにしてコーチングを行う流派。
  • 哲学系
    チリ人のフェルナンド・フローレスの存在論的哲学に基づいた流派。オントロジカル・コーチングと呼ばれています。
  • ニューエイジ系
    ニューエイジ系の思想家に分類されるケン・ウィルバーのインテグラル思想をルーツとする流派。

対象とするクライアントのセグメントによってもコーチングを分類することができます。代表的なものとして、ライフ(家庭・人生)、ビジネス(職場)、エグゼクティブ(マネジメント)、学校(生徒)などに分類することができます。この中で最も古いのがエグゼクティブ・コーチングで、1981年にPDI(現在はコーンフェリー)がサービスを開始しています。今日われわれが「コーチング」と呼んでいるものは1990年に入ってから誕生したもので、元々はライフやビジネスを対象としたものです。


2. 「コーチング」のルーツ

このようにさまざまな流派を抱えるコーチングはどこから来たのでしょうか。日本におけるコーチングはコーチA(コーチ21)やCTIといったICF(国際コーチ連盟)系が主流なので、ICF系の「コーチング」に絞って話を進めていきたいと思います。

ICF(国際コーチ連盟)のルーツをたどるとトーマス・レナードとローラ・ウィットワースという2人の人物に至ります。トーマス・レナードはコーチUを1992年に立ち上げた人物で、コーチングをビジネスとして創造した偉大な功労者です。例えて言うと、ソフトウェア業界におけるビル・ゲイツのような位置づけの人です。PC黎明期においてソフトウェアはコンピュータの付随物と認識されていたので、値段はついていませんでした。これに対してソフトウェアに価格を付けて売るという革命を起こしてソフトウェアを一大産業として確立したのがビル・ゲイツです。同様に、レナードはコーチングというサービスをパッケージ化して商売として成立させることに成功したのです。

一方の、ローラ・ウィットワースはレナードの元同僚・友人で、最初期の生徒の一人です。日本でもおなじみのCTIを1992年に立ち上げた人物です。業界団体について言うと、レナードのコーチUを母体として1997年に設立された前身のICFに、ウィットワースが創設したPPCA(Professional and Personal Coaching Association)が1999年に合体したのが今日のICF(国際コーチ連盟)です。このように言うと、2人のパイオニアが二人三脚でコーチング業界を立ち上げたように見えますが、実態はそれほど単純ではありません。というのも、ICFとアメリカで覇権争いをしているIACを設立したのもレナードなのです。この話だけでもコーチング業界がややこしいことが想像できると思います。

それでは元々同僚で友人で師弟でもあったレナードとウィットワースはどこから来たのか。そのルーツを探るとウェルナー・エアハードといういわくつきの人物に至ります。2人ともエアハード事務所(WE&A)に勤務していたのです。

2005年にV・ブロックが世界中のコーチング業界の関係者約7200人に対して行ったサーベイで、「コーチングに対して最も影響を及ぼした人物は誰か?」の問いに対して堂々の1位に輝いたのがエアハードです 。因みに2位となったのがレナードです。また、「最も影響力のあるコーチングの教育機関は?」という質問に対しては、1位がコーチU(レナード)、2位がランドマークエデュケーション(エアハード)、3位がコーチヴィル(レナード)、4位がCTI(ウィットワース)となっています。

コーチングの教育機関として圧倒的な影響力のあったレナードとウィットワースですが、その教材の元ネタはエアハードから来ています。そして、そのエアハードの教材は何かというと、それはestです。est(Erhard Seminars Training)というのは1971年から始まった自己啓発セミナーのことです。レナードもウィットワースもestの受講者であり、その縁でエアハード事務所の社員になったようです。

自己啓発セミナーの本家であるアメリカでもestと言えば自己啓発セミナーの代名詞となるぐらい有名です。マインドコントロールの危険性を指摘される自己啓発セミナーですが、表向きは「自己を知り自己の可能性を実現する」ことを目指しています。そして、このコンセプトはコーチングにも受け継がれていると言えるでしょう。

余談ですが、アメリカでestはNo-piss(トイレ禁止)トレーニングとしてジョークのネタになっています。これはestの受講中はトイレ退室が許されないからです。「尿意を生んでいるのは自分だから、それは自分でコントロールができる」というのが何事も自己責任だと説くestの理屈だそうです。さらに余談を重ねると、自己啓発セミナーやスピリチュアル系に関心の深い人間にとってトイレは重要なファクターのようで、その手のセミナーが好きな筆者の友人に「指導者(一人はアンソニー・ロビンズ、もう一人は南インドのアマチ)のどこがすごいの?」と聞くと、期せずして「2人とも朝から夜中までぶっ通しで聴衆の前に立ちっぱなしで、トイレにも行かないんだよ」と言っていました。

エアハードの自己啓発セミナーの教材に基づいてレナードが作成したのが今日の「コーチング」の原点となっています。レナードはこの教材を盟友のウィットワースに提供しました。というのも彼女がカリフォルニア地区でコーチ養成講座を始めようとしたからです。ところがウィットワースが1992年に最初のセミナーを開催する直前にレナードは教材の返還を求めました。さらに、求めに応じて教材を返還したウィットワースに対して知的財産権侵害で訴えると脅したのです。理由は定かではありませんが、こうしてレナードとウィットワースは決別し、それが原因で今日のICFとIACのライバル関係へとつながっているのです。

なお、大変残念なことにレナードは2003年に48歳で、ウィットワースは2007年に60歳で病気によって亡くなっています。一つの産業を創造するという大仕事をしたパイオニアの早すぎる死はコーチング業界にとって大きな損失だったと言えるでしょう。

以上のような経緯を経てアメリカで生まれたコーチングが、日本に到来したのが1997年です。この年に、コーチ21(現在のコーチA)がコーチU(レナード)のフランチャイズとして伊藤守氏によって設立されました。伊藤氏は、元々は大手の自己啓発セミナーだったIBD(It’s a Beautiful Day)の主宰者です。日本でも自己啓発セミナーの人脈がコーチングのパイオニアとなっています。そして2000年にリクルート出身の榎本英剛氏によってCTIジャパン(ウィットワース)が設立され、ようやく日本も本格的にコーチングの時代を迎えるようになったのです。


3. コーチングの問題点とその未来

最後に、コーチングの問題点を整理するとともに、その未来について展望したいと思います。

第一に、コーチングにはさまざまな定義があるので、何がコーチングで何がコーチングでないかを区別することが難しいという根本的な問題があります。つまり、良いコーチングと悪いコーチングを議論する以前の問題があるということです。極端に言うと、「これが私の考えるコーチングです」と宣言したら、それが通ってしまうということです。

そこで、まずは主流派の元締めであるICF(国際コーチ連盟)によるコーチングの定義を見てみましょう。

コーチングとは、クライアントの個人およびプロフェッショナルとしての潜在的能力を最大化することを鼓舞するような示唆に富んだ創造的なプロセスを通してクライアントと協働すること。

さまざまな考え方が存在するコーチングという概念を一つにまとめるためには漠然とした定義にならざるを得ないという事情は理解できますが、それにしてもこの定義からコーチングの中身が何であるかを判断することは難しいと思われます。

一方で、すべてがばらばらというわけではなくて、合意を見ているルールも確かに存在します。それは「クライアントに対するコーチングの結果に対して、コーチは責任も、正当化の根拠も、説明も求められない」というルールです。ここにもクライアントの自己責任を強調する自己啓発セミナーの影響が感じられます。

次に、もう少し具体的にコーチングをイメージするために、ベンチマークとしてCTIが拠って立つ原則を見てみましょう。

  • 人は生まれながらにして創造的で、才能が豊かで、欠けるところがない。
  • コーチングは欠けるところのない人と共に働く。
  • コーチングはコーチではなくて、クライアントの課題に基づいて行われる。
  • コーチングのテクニックには、議論、力強い質問、視覚化、方向性のあるイメージ化が含まれる。
  • コーチとクライアントの提携のバランス、プロセス、そしてカスタマイズした設計を重視する。

他の流派も同様に何らかの原則に則ってコーチングを行っています。コーチングの悩ましいところは、「なぜこの原則がベストなのか」ということについて議論ができない点です。ベストであることを主張するためには、公理から演繹的に導くか、実践の結果から帰納的に導くかの2通りのやり方があります。しかし、ヒトの問題に公理と呼べるようなものはなかなかありません。また、実証データを整備していないコーチングでは帰納的なアプローチも困難です。したがって、コーチングの原則は、結局のところ、受け入れるか、受け入れないか、という問題になります。要するに、好きか嫌いかということです。

その結果、レナードやウィットワースの主流派のコーチングは、「信念に基づいたコーチング」と呼ばれるようになっています。それは主流派に対抗する形で2003年頃から勢力を伸ばしている「科学的根拠に基づいたコーチング」と自称する流派による命名です。信念に基づいたコーチングが自己啓発セミナーをバックボーンとしているのに対して、科学的根拠に基づいたコーチングは、心理学(サイコロジスト)をバックボーンにしています。アメリカよりもイギリスやオーストラリアがこの運動をリードしているところも特徴的です。もちろん、科学的根拠に基づけばよいというような単純な話ではありません。何でもありだったからこそ信念に基づいたコーチングが急成長したという歴史的事実があります。科学的根拠に基づいたコーチングが流派としてこれからどうなるかはまだ予断を許しません。

このように根本的な問題を抱えるコーチングは、さまざまなチャレンジに直面していると言えます。まず、コーチングを支える理論やモデルの品質を、団体が乱立するなかでコーチング関係者がどのように維持し、発展させていくかということが挙げられます。理論に関しては貧弱なコーチングではありますが、実践に関しては場数を踏み続けています。そして、実践の中にこそ本当の知恵があります。それをどうやってコーチングの理論やモデルにフィードバックするかが問われています。

第二に、ヒトの心の問題について専門的な教育を受けていない人がコーチとしてプロのパフォーマンスと倫理の水準に到達するためにはどうしたらよいかという問題があります。アメリカでカウンセリングを行うサイコロジストになるためには、博士号の取得、1年間のインターン経験、公的資格試験の合格といった長い年月をかけた修養が求められます。一方、コーチングの場合はICFの認定コーチであれば半年足らずでコーチになれます。もっと言えば、資格がなくてもコーチングを行うことが許されています。サイコロジストが取り組む課題とコーチが取り組む課題の重要性にそれほど大きな差はないはずです。どう見てもバランスがおかしいと思います。

また、コーチングの品質管理をどうするかという問題もあります。これは対処が難しい問題ですが、コーチングが裾野を広げてビジネス界で日常的に活用されるようになるためには避けて通れない問題だと思います。なぜならば、顧客がそれを期待しているからです。

さて、2010年に「よいマネジャーになるためには、よいコーチであれ」と結論付けたグーグルですが、その年明け早々にPDI出身の著名なコーチであるD・ピーターソンを迎え入れました。このような意思決定のスピードは日本企業も見習いたいところです。ピーターソン自身はPh.D.を持ったサイコロジストで、専門もエグゼクティブ・コーチなので主流派ではありませんが、今もグーグルのチーフコーチとして活躍しています。データ分析によって「よいコーチであれ」と結論付けたグーグルのことです。コーチングに関してもデータ分析をして、「何がよいコーチングなのか」について科学的な結論を出してくれるのではないかと期待しています。そのような実証分析を重ねることによって、コーチングが本当の意味での一つのジャンルとして確立されことになると思います。


4. まとめ

21世紀に入ってから日本に本格的に導入されたコーチングはすでにビジネス界に定着したと言えます。しかし、コーチングとは何かということについてはいまだに統一的な見解が確立されていません。コーチングという名前の下に玉石混交のアプローチが乱立しているのがその実態です。

コーチングにはカウンセラーのような公的資格も求められないので、サービスの品質管理や職業倫理の観点から問題がないとは言い切れません。サービスに問題があれば二度と起用しなければよいだけというアダム・スミス的な考え方もありますが、ヒトの心の領域に関わることだけに慎重な対応が望ましいと言えます。

一方で、ビジネス界に定着するにつれて、コーチングは急速に現場での経験値を増やしています。知恵はあくまでも現場での実践から生まれます。蓄積された現場の経験値がコーチングの理論やモデルに建設的にフィードバックされるようになることが期待されます。

<参考文献>
・Vikki G Brock「Source Book of Coaching History」 CreateSpace Independent Publishing
・Vikki Brock(2009)「Coaching Pioneers: Laura Whitworth and Thomas Leonard」,『The International Journal of Coaching in Organizations』, 2009年7(1)
・ジョセフ・オコナー,アンドレア・ラゲス(2012)「コーチングのすべて」英治出版
・伊藤守(2005)「図解コーチングマネジメント」、ディスカバー出版
・中原淳,中村和彦(2017年1月7日,公開講演会)「「組織開発」再考理論的系譜と実践現場のリアルから考える」,『人間関係研究(南山大学人間関係研修センター紀要)第16号』,2017年3月

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